アリッド

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 マスターを最後に見たのは、ベッドで何らかの作業していた姿。  そして、私が寝ていたのはマスターのベッドだった。マスターが、最後にいた場所だ。現在室内にいるのは私とゲインだけ。 “ただいま、アリッド”  ……マスター……。 「マスター? 『ご主人様』ってこと?」 「えっと、所有者です」 「あー、『ドール』にもいるって言うもんなぁ。AIのアリッドにもいるか……見てないよ」  うーん、と唸ったあと、少年改めゲインが答えた。私はゲインの返答に「……そう、ですか」返した。何だか処理の能率が悪くなったような……コレが気落ち、て、ヤツだろうか。  私の目線が地を這っていると、「……でも」ゲインが考え込んだ後、続けた。 「黒い、人型の煤なら、そこに……」  躊躇いがちにゲインが指差した先は壁際で、背凭れの無い椅子が在った。 「あ……」  壁に凭れる人の影がそのまま染み付いたみたいな、煤が在った。普段は、枯れた植木鉢が置かれていた椅子だ。植木鉢は、床に下ろされ椅子の横に退けられ、転がる大きなペットボトルの山に埋もれていた。重ね着だったのか、服の大半は燃えていたけれども、白衣が。  マスターの着ていたものによく似た、白衣が燃え残っていた。 「……」  あ、ぁああ……っ。音にならない悲鳴が、内側でした。心の声、と言うヤツか。  私は立ち上がる。初めて立ったから、一瞬バランスを崩して「わわっ、と、」ゲインが支えてくれた。私は礼も言えぬまま、ゲインから離れ一歩一歩確かめながら煤へ近付いた。  マスター。多分、この煤は、マスターだ。ゆっくり、私は辿り着いて。 「……」  白衣へ手を伸ばした。  白衣に指先が掠った刹那。  胸から、何かが競り上がる。鼻の奥を通り抜けて、目の裏がじーんと。 「ぁっ……──────」  私は喉奥から語句を伴わない音を迸らせ、膝から崩れ落ちた。  コレが、俗に言う号泣となのだな、なんて。  冷静な片隅で思った。  不思議にも、私はこの奇妙な感覚に違和感を覚えなかった。  マスターが調整してくれた御蔭だろう。最期まで。  ねぇ、マスター。  あなたの話が、聞きたかったです。  あなたの話に、合いの手を入れたり、したかった。  私の昂りが落ち着いてから、ゲインが喋り出す。  
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