明日へ進む道

2/22
前へ
/32ページ
次へ
 赤ん坊はよく天使のようだと例える人がいる。だが、努はそうは思わなかった。十数年、逢魔と戦ってきたこともあるが、“天使”という存在は現実にはいない存在だと知っていたから。けれど、今、目の前で寝ている子は彼にとって、かけがえのない新たな存在になりつつあった。 「名は“明日香”にしようと思う」  努は柔らかなベッドでスヤスヤと眠っている生まれたばかりの赤ん坊の頬を、その指で触れながら呟くように言う。  出産というものを経験した優香は疲れ切った表情で赤ん坊に寄り添うように寝ていた。目を覚ましたのは、ほんの一時間前のことであった。 「どうして?この子が、そう名乗っていたから?」  優香の問いかけに、努は首を振った。 「いや。あの時の子は関係ない」  努は前に、一度、自分達の“子供”を名乗る少女と出会っていた。SF漫画ではお決まりのような展開であるが、努と優香は確かに出会った。  その少女に。自分達と同じ夕海高校の制服を着た女子高生に。  出会ったといっても、戦いの最中、それも十五分前後のこと。長々と話をしている暇などなかった。ただ、努はその少女を自分の娘だと感じられた。彼女の身体に流れている辻家の血統から、本能的、直感的に感じたのだろう。いや、野暮な憶測はよしておこう。説明などする必要はない。どんなに時を重ねようと、自分の娘というのは分かるもの。誰だってそうであると、信じたい。 「明日香と名付けようと思ったのは、他でもない自分でだ。この子には、“明日”を託したい。俺の名字の“辻”と優香の“香”を・・・。もっとも、優香が反対しなければの話だが」 「・・・するわけない」  努の問いに優香は微笑み返す。むしろ、どうして自分が反対しなければいけないのか。そんな疑問を含めた笑みを。  明日香という名前はずっと、前から決まっていたかもしれない。あの時、彼女と出会った時から。だけど、それは自分達にとっては、過去のことにすぎない。自分達が思うことは、過去ではなく未来、明日のこと。人間、いつ、どこで命を落とすのか。それは、誰にも分からない。今が、元気であったとしても、数分後には突然、死んでしまうかもしれない。反対に何十年も生きるかもしれない。明日にどんなことが起こることを想像できるのは、今を生きている者達に許されたことなのである。
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加