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「・・・なんだか、不思議な気分ね。あなたはすでに亡くっていると分かっているのに、まるでそこにいるみたいな」
優香と努が亡くなったのを知ったのは、夕海高校に再転任してからのこと。夕海町に辻家が今も存在していることは分かっていたが、あれから二十年以上も経っていた。矢子にしてみれば、懐かしさもあったけれど、少しばかり近寄り難い。相手は今や、夕海町でも名ある家系。対する自分は一学校職員でしかない。
そんな折り、矢子は優香と努の娘である明日香がいることを知り、その子が夕海高校に通っていることも知った。しかし、明日香から語られたことは二人はすでに故人となっているということ。あの二人がと、半ば信じられずにいたが、町長になっていたメイや輝葉の話から信じるしかなかった。
二人は死んだ。その事実は受け止める他ない。けれど、こうして今、彼女の目の前には優香がいる。きっと、幽霊なのだろう。怖さとか、そういうのはなかったむしろ、胸の奥から懐かしさがこみ上げてくる。
「矢子先生」
夕焼けに照らされ幻のように浮かぶ死者となった優香は矢子を見て言う。
「娘を・・・明日香を助けてください」
優香が矢子の元を訪れたのは懐かしい昔の知り合いに会いたかったからではない。自分ではどうすることもできないから、彼女に助けを求めた。矢子は理由を尋ねようとしたが、その前に優香は姿を消した。逢魔が時に幻でも見たのか。
「あら?」
優香に気をとられ気付いていなかったが、机にメモ書きされた紙が置かれていた。よほど、焦っていたのか、速筆で文字は乱れていたが、読めないことはなかった。
「“逢魔の狭間”、“未開発”、“屋敷跡”」
まるで、暗号文のように単語が並んでいるだけだった。だけど、その文字は優香のものだ。いつの間にこのようなメモが書き残されていたのか。それも気になることであるが、それよりも矢子が気になっていたのは、優香の言葉だ。
{明日香を助けてください}
“明日香を助けて”とはどういうことなのだろうか。気になり、明日香の携帯電話にかけてみるも通じない。電波状況もよくなり、電波が届かない場所は今の日本には殆どない。トンネルの中にだって電波が届くような時代。にも、関わらず電波が届かない場所になると。
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