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嫌な予感がする。いや、単なる予感ではない。これは、確信だ。医者としての。明日香の身にかにか不慮の事態が起きた。そうとしか考えられなかった。
二十六年前に一度、逢魔の狭間を訪れた影響だろうか。矢子は逢魔や死者の姿を視認出来るようになっただけではなく干渉できるまでになっていた。理由は分からないが、そのおかげで今年の大夕海祭には恩師と僅かであったが言葉を交わせた。
矢子は包帯や簡易手術道具、その他薬品を持って保健室を飛び出した。一応、入り口には不在を知らせるパネルを下げた上で。優香が残したと思われるメモ書きの紙。そこに書かれていた三つの単語、特に後ろの二つに矢子は憶えがあった。臨海公園の開発に当たり前に、そこで事故死が起きたことがあった。あの時は不幸な事故だと聞いていたが、今にして思えばあれも逢魔の仕業だったのかもしれない。
夕海町に戻ってきてから、ちょっと文献を探ってみた。文字の一部は欠けていて詳しいことまでは分からなかったが、臨海公園が建つ前までは個人の私有地であり、明治後期には大きな屋敷があり、一角は日本陸軍に貸し出されていた。それが、約百二十年前の大火災で町の大半と共に焼失したとある。屋敷跡には掘っ立て小屋のような家が建ち、そこでは屋敷の所有者である男が死ぬまで生活をしていたらしい。一人で、いつも何かを探しながら。
恐らく、“未開発”とは臨海公園にはならなかった土地のことを言っているのだと、矢子は判した。
(頼み事があるなら、もっと分かりやすく口で言えば良かったのに)
矢子は知らなかった。死者となり処世に逝ってしまった者は現世に関わることは極力避けなければならない。逢魔を狩る者のように、現世と狭間を行き来できる者であるのならばまだマシであるが、矢子は完全な現世の者だ。そんな彼女に優香があまり関わると、世界の均等を崩してしまうかもしれない。故にメモ書きを残すことしか彼女には出来なかった。速筆で書いたのは、時間が無かったからだ。逢魔の狭間で起きた異常は現世だけでなく、処世にも影響を与えつつあった。娘に直接、手を貸すことができない優香は他の者を援護する為に向かった。学生の頃とは違い、努の妻である自分に出来ることを果たす為に。
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