前編

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 まぁ、それは些細なことだと思う。 私にとって一番厄介だったのは、クラス内で行なわれた優しい人ランキング(非公式)で一位になっていたことだ。どうやら『天然』という特徴は『優しさ』とか『慈愛』に繋がるらしい。詳しくは映画の『僕にラジオ』とか『幸せな隠し場所』を参照するといい。  どれも優しい天然が登場する。 ともかく、クラスの癒し系、とキャッチコピーがあてられて、聖人として担ぎ上げられてしまった私は、優しい人であることを強いられた。  教室で虫が出れば率先して逃がさなきゃいけないし、ゴミが落ちていれば、当番でもないのに、掃除をしなくてはいけなかった。少しでも躊躇う様子があれば、裏表の激しい、性格の悪い人間としてのレッテルを貼られてしまうにちがいない。  ぺたぺたぺた。  一体いくつ貼り付けられたのかわからない。  教室以外にも、私は美術部ですら貼られ続けている。 こっちは『天然系慈愛聖母』とかいうパン調理で使われそうなレッテルではないけど。 『実にいいね、この作品。きっと○○から影響をうけた作品なんだろうね、色合いの変化なんてまさに、○○そっくりだ。そしてこの橋の部分と太陽は比率がばっちりで……etc』  くだらないことで頭の中を満たしながら描いた作品が、部の先輩や顧問に褒められる。 あるときは先生が招いたプロの画家さんもいらっしゃって私の作品を賞賛する。  心象風景、色彩の自由、発想の転換。 色々と称えられても何一つ共感することができない。  そもそもテキトーに描いたものなのだから、評価されると全てが白々しく見えてしまう。  何度も続くと、段々と人の気持ちが透けて見えてくる気がした。  それと同時に、他人に対する関心も薄れていく。  いつか全てに興味がなくなって私は曖昧な輪郭線を更に霧散させ、この世から消えるんじゃないかと怯えたこともあった。  なんとなく美術部をやめてしまおうかとも考えたが、いくら称されようと絵を描いている間だけは安らぐ時間だったので今も惰力で所属し続けている。
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