前編

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「怖いな!? いや、そんなおぞましい絵ではない! これはあそこで部員にエールを送る可愛いマネージャーを描いたものだ!」 「え、どうみてもベルセルク的な絶望の香りがします。心にグサリとくるものがありますね。よくここまで描けるものです……」 「べ、ベルなんだっつ?……どうみても夕日の中、メガホンとクリップボードを持って男どもを応援する天使の絵だろうが」 「目が腐ってるんですか。 誰がみても絶望と狂気と諦観をテーマにした羅作でしょう?」 「違うわ! こちとら性欲と愛情に満ち満ちて描いた力作だ! 絶望なんぞ齢16で描けるものか」  久し振りのまともな会話が嬉しくて、ついつい饒舌になってしまう。しかも自分がこんなにも毒舌吐きなのに驚いた。  彼の言い分を聞くに、果てしなき絶望を想像してしまうこの絵画は、彼の目をもってみれば美しき青春の一ページにうつるらしい。  これだといろんな人に勘違いされても誤解を解くことは難しい。現に私もこの作品が彼のいうものだとは信じ切れていない。  でもそう思うと、なんだかこの先輩に親近感が沸いてくる。  きっと私と同じような悩みを抱えている人なのだ。 私が描いた絵を、私よりも知ったふうにご高説を述べる周囲の人々。  昔テレビで見た、絵が描けるクマと扱いは変わらない。  クマが人間の心に訴える絵画を描こうだなんて思うわけもないのに、見物人は勝手な解釈で作品を楽しもうとする。  作者一人を捨ておいて、さもそれが正答かのように。 「親に虐待されてると見ました!」 「されてねえよ!?」 「じゃあ、ええと性倒錯? ……なんか闇があるんでしょう?」 「ないから。純粋なリビドーしかないから。」 「病みましょうよ!」 「横暴だ!」    先輩との会話はそれなりに楽しくて、気づけば夢中になって失礼なこともバンバン言ってしまっていた。 「……というか貴様を知ってるぞ。」  切り替えされた言葉に私はドキリとした。愛想笑いのために反応した頬が、わずかに引きつるのがわかった。
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