前編

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「我が美術部の天才様だろ? この前、作品見させてもらった。まるで天使の羽だな。微細なタッチで描かれた精緻な色彩と柔らかな筆圧。ありゃ魔法だ……っておいどうした」   いつもなら内心でせせら笑うところだったが、ついホッとしてしまい気が緩み、そのままの勢いで笑い出す。 「先輩も大概ですね。天使の羽とか、精緻な色彩とか、挙句の果てには魔法ですか」  われながら邪悪な笑いを浮かべたと思う。これはおそらく先輩の描いた絵のせいだろう。『血の海と少女』(勝手に命名)の絵はドスグロい気持ちを抱かせるには丁度いい。 「いいですか、先輩が褒めたあの絵は想像力の産物でもなんでもなく、ただ深爪した腹いせに描いたテキトーな絵なんですよ。 ちなみに先輩が天使の羽を連想したであろう右上の白い箇所は、爪のカスを描いたものだったりします。微細なタッチとか、そんなこと考えたこともありません。」  こんな責めるような言い方、クラスメイトに聞かれたら即座にネタとして使われるだろう。人畜無害ないい子キャラが、実はこんなにも人をあざ笑うのが好きな悪い子でした、なんて。 口を半開きにして私を見つめる先輩を尻目に、愉快な気持ちになって彼の絵を嘗め回すようにじっくりと眺めた。 見ればみるほど鬱憤が溢れ出てスッキリとした気持ちになる。 代弁者としての絵画に私は初めて出会った。  そんな絵に青春の汗臭さなんて微塵も感じない。超ニヒってる。  素直な言葉がぽつりぽつりと口元から零れ落ちた。 「私、先輩の絵が好きです。いやもうこれ以上にないくらい。こんなに気持ちいいのは初めてです。だから……いっそ交換しません? 私の絵画は先輩に委ねますから。その絵画の《解釈の正答》は私にください」
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