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この先輩の絵を私好みに解釈していいなら、私の作品は喜んで『天使の羽が舞い落ちる微細なタッチで描かれた魔法のような絵画』であってもいいと思えた。
「やだね。俺の絵は、オマエが思っている毒々しいものじゃない!」
先輩がキッパリと断ったのに、私はどことなく安堵していた。
「じゃあ私の絵はチラシ裏の落書きです。いいですよね?」
美術室内に二つの声が短くこだました。久し振りに声をあげて、喉がチクリと痛くなる。
「いいや、後輩よ。貴様の絵は神々しさに満ちている! それも譲りたくない!」
「ずるいですよ、先輩。どちらかは離してください。」
「断る!」
「断らないでくださいよ。」
強くは言い出せない。
せめてこの絵だけは邪悪な心から出来たものであってほしいと思うが、でもそれは私が嫌う『レッテル』に他ならない。
描いた先輩本人が青春の1ページを元にしたというなら、それが真実なのだから。
「……帰ります。先輩、今度はもっとマシな絵を描いてください。じゃないと次はWOOの編集者呼びますから」
去り際、彼の作品を一瞥する。
ふいに、先輩の作品に描かれた美少女の口元がぐにゃりと歪んだ。
鋭利な刃物を思わせる口元から、数え切れないほどの嘲笑や侮蔑、辛辣さを含んだ言葉が排出され、周りを傷つけては甲高い声で下品に笑い出す。
そんなことをするこの女子が、先輩の目ではうっとりするぐらい美しい少女として映っている。……またしてもあの白々しさが心をなでた。
背筋を這うような悪寒に耐えようとすると、額にじわりと汗が滲むのがわかる。
もちろん絵が動きだすわけがない。全部私の妄想だ。
「帰れ帰れ、ったく、人の作品をオカルト扱いしやがって」
学生カバンをもって出口まで向かう。先輩は拗ねた顔をしていたが、後に「キシシ」という効果音が似合いそうな悪ガキじみた笑みを浮かべて、自身のキャンパスに再び向き合った。
きっとこの人は、他人になんといわれようと自分を信じられる人なんだ。
「では、また……」
美術室の外を出ると、日差しがあたらない廊下は不気味なほどに陰っていた。
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