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 一方の健はというと、二歳上である小田村のことを〝小田村さん〟と呼び、会話にも常に敬語を使用していた。  小田村は『年上っていっても、ただ留年したってだけだから』と自分自身を卑下し、タメ口で話すように促したが、健は応じなかった。そうやって無為に他人との距離を縮めることを、健は好まなかった。だから後輩にすら敬語を使う。健にとっての敬語は、単に敬意の表出というだけじゃない。相手に一歩を踏み込ませないための防壁なのだ。  踏み込まれて、踏み荒らされて去られるくらいなら、落ち葉ひとつさえ許さない、無味な更地を守り続ける方がいい。  初日からの数週間は、『ジョーくん』と呼ばれるたびに、いちいち呼び名を訂正した。キヅキです。英会話の教師が自分の発音を生徒に聴かせるときように、丁寧に。しかし結果は暖簾に腕押し。むしろ、こちらがムキになればなるほど、小田村は愉快そうにした。馬鹿らしくなった。この男はなんて低俗なんだ、小学生か、と健は心中で小田村を蔑んだ。  押して駄目なら、と今度は無反応を決め込むことにした。すると小田村の方はもっと楽しそうな顔をして、肩を叩いたり顔を覗き込んだり、ちょっかいを出してくるようになった。それらの行為は健が何らかの反応を返すまで続いたため非常に煩わしく、結局健は最後には、渋々ながら「なんですか」と顔を向けてしまっていた。
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