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こちら側にはうっすらとだけれど光が満ちていて、街灯とは少し距離のある向こう側は真っ暗だ。
だから例え向こうに誰かがいたとしても、よほど近づかなければここから人がいると判別するのは難しいはず。
……それなのに、なんとなく髪型のわかる気がする頭部、明るい色のポロシャツを着た上半身にデニム地であろう服を身に着けた足がぼんやりと浮かび上がって見えている。
あの服装はおじさんがよく着ていたものだ。
でもおかしい。こんなにはっきりと色や形が分かる訳がないのに。
「……お父さん……?」
マコの問いに反応するように影はガラスに手をついた。
カシャンと小さな音がする。
「マコ、開けてくれ」
ガシャ、ゴト、揺らされて戸が音を立てる。
聞こえてくるのは、間違いなくおじさんの声だ。
「帰ってきたよ」
さあ早く、と急かす声に応えるようにマコが玄関のサンダルに足を通そうとした。
俺は慌ててマコの腕を掴み、廊下へ引き戻す。
「なんで?お父さんが帰ってきたんだよ」
どうして止めるんだと訴えるマコを逃がさないよう、抱え込むように体に腕を回した。
違う、帰ってくるわけない。
そんなのお前だってわかってるはずだろ?
さとすようにそう言っても、でも、だって、とまたガラスの向こうへ目をやり、相手を呼ぼうと口を開く。
お父さん、と悲しげな声が発せられるたび、向こうも指を伸ばし爪を立てガラスを掻いた。
こちらの声が、音が、届くほどに相手の存在が大きくなっていくようだ。
すりガラス越しのあの質感を無視し、顔なんかの細部はボケたまま、色が濃くなる。
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