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ここに案内した卵屋の姿はあとかたもなく消えていて、卵屋の屋台も消えていた。
あれは何だったんだろう。
神隠し。僕の頭をその言葉がよぎった。
僕はすぐに、携帯で父に連絡をとり、僕とマユは無事家に帰ることができた。
そして僕らに元通りの平和な生活がおとずれた。
マユは、ピーちゃんのことも、自分が化け物にさらわれたことも、一切忘れていた。
元通りの生活に戻り、僕は普通の生活がいかに幸せに満ち溢れているかを実感した。
「マユ、ユウキ、ご飯よ。」
母の優しげな声と、白いご飯の湯気。
僕は今、幸せをかみ締めて、いただきますと手を合わせた。
お皿には、色とりどりの野菜が並んでいて、そこにはトマトも乗っていた。
マユはトマトが嫌いだ。
「マユ、好き嫌いしないで、ちゃんと食べるのよ。」
母はマユを甘やかしすぎたことを反省して、これからは嫌いなものも食べさせる方針のようだ。
でも、僕はせっかく帰ってきたマユが嫌いなものを食べさせられるのがかわいそうになった。
だから、小さな声で、マユに耳打ちした。
「マユ、お兄ちゃんが食べてやろうか?」
そう言って、箸をつけようとすると、僕の右手の甲に痛みが走った。
手の甲には、三本の爪あとが残り、薄っすらと血が滲んだ。
僕は、信じられない面持ちでマユを見た。
「がるるるるる」
マユが低く唸り、トマトに箸を刺すと、口に放り込んでぐちゃぐちゃと咀嚼した。
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