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「マユ!どこ行ってたんだ!」
僕が声をかけると、マユが振り向いた。手には、白い丸いものを握っていた。
「お兄ちゃん、たまご屋の人にもらったんだよ。」
そう言うと嬉しそうに、僕に卵を見せてきた。卵屋?そんな屋台なんて見たことが無い。
「マユ、知らない人から何かもらっちゃダメってママに言われてるだろう?」
僕はそうマユに言いながら、手を差し出して、卵を渡すように促した。
「ダメ!これをあたためたら、ひよこさんが出てくるんだもん!」
そう言って、卵を両手で包んで渡そうとしない。まあ、食べ物だけど、これをマユが生で食べたり、調理したりすることは考えられないので、僕は諦めた。
「持って帰るのはいいけど、割れないようにしなよ?せっかくの浴衣が汚れたら、ママに叱られるぞ。」
そう諭すと、マユはわかったと言い、慎重に卵を自分のお気に入りのウサギのポシェットにしまいこんだ。
その日から、マユは卵をかいがいしく温め続けた。お店で売っている卵から、ひよこがかえる確立なんて、ほんのわずかだ。テレビで、お店で売っている卵は、ほとんどがムセイランと言って、ひながかえることはないって言ってた。まあ、気の済むまでやらせて、かえらないことがわかれば諦めるだろうと思っていた。
ところが、ある日、マユがニコニコしながら、僕の虫かごを差し出してこう言ったのだ。
「ほら、お兄ちゃん、やっと生まれたよ。」
それは空っぽの虫かごだった。
「何も入ってないじゃん。」
「入ってるよ、お兄ちゃん、この子が見えないの?名前はねえ、ピーちゃんにしたの。」
マユの机の上に、卵の殻が二つに割れて置いてあった。中身は無い。
どこへ捨てたのか。
それから、僕の空っぽの虫かごに向かって、マユは、ピーちゃんピーちゃんと話しかけては、時々ごはんだよ、と言いながら、自分のご飯を少し虫かごに入れるようになった
マユがコワレタ。
僕達家族は、そう思った。
空っぽの虫かごに毎日、話しかけ、餌をやり続けるマユ。
そして、マユはピーちゃんが大きくなったと言って、貯めていたお年玉をはたいて、大きな鳥かごを勝手に買って来た。母親に返すように説得されても、ガンとして受け入れなかった。
「ピーちゃん大きくなっちゃったから、小さな虫かごじゃかわいそう!」
マユは、度々病院に連れて行かれたが、異常は見られず、なんとか障害という、心の病だと診断されたらしい。
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