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ベランダがにわかに騒がしくなったので、僕は慌ててベランダに向かった。
どうやら、鳩がベランダに侵入してバタバタしているらしい。
窓辺のカーテンが揺れ、ベランダで鳩がバタバタと暴れているのを見た。
羽毛をそこら中に撒き散らして、まるで何かの罠につかまったようにのたうちまわっていたかと思うと、その姿は吸い込まれるように消えてしまった。
鳩の断末魔の鳴き声。何かがぐちゃぐちゃと咀嚼する音がし、次にバリバリと骨を砕くような音がした。
嘘だろう?いくら目を凝らしても、ベランダには何も無い。ごくごくごく。喉を鳴らす音。あたりがにわかに血なまぐさくなった。
僕は、今まで、マユの言葉を信じなかったが、はじめて何か居ると感じたのだ。
ピーちゃんの捕食を見てしまった僕は、再三、マユにピーちゃんを捨てることを提言してきたが、いっこうに聞き入れてくれなかった。あれから、マユは熱も下がり、元気になったので、今まで通り変わることなくベランダへ、冷蔵庫の中の肉や、床下収納にある野菜などを与えていた。
マユが幼稚園に行っていたときに、僕がピーちゃんを追い払えばよかったのだろうけど、僕には姿が見えないし、ベランダに近づくのが恐ろしかった。
そして、僕達のいつもと違う夏休みがおとずれた。
その日は、僕らの気持ちのように、どんよりと低い雲が垂れ込めて、今にも泣きそうな空模様だった。
夏休み前から体調を崩していた母の入院は長引いて、僕達は、父の実家に預けられることになった。
ところが、マユがそれを頑なに拒んだのだ。
「マユがいなくなったら、ピーちゃんの面倒は誰が見るの?」
僕は密かに、これはチャンスだと思っていたのだ。ピーちゃんとマユを引き離す、絶好のチャンス。
「マユ、心配するな。ピーちゃんの面倒は父さんが見てくれるから。」
僕は、マユに嘘をついた。それでもなお、ピーちゃんと離ればなれになるのは、嫌だと駄々をこねたが、父も会社に行かなければならない。背に腹は変えられず、渋々マユは頷いた。
「おーい、早くしろー。」
夏休み初日の土曜日、父は車の中で僕とマユを待っていた。
マユは未練たらしく、まだベランダでピーちゃんに何事か話しかけているようだ。
「マユー、もういいだろ?父さん、もう車で待ってるぞー。」
僕がマユに声をかけると、マユがはぁい、ちょっと待ってねーと返事をした。
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