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「だから! ちょっと待てってば!」
一言喋るごとに前のめりになっていく男は、勢い余ってテーブルに額をゴチン! と打ち付けた。
「うひゃっ」とカエルのように飛びあがり、患部を押さえる指の隙間から赤くなった肌がのぞく。
先月までの自分なら、容姿を褒められて素直に嬉しいと感じたことだろう。
けれど……。
「一目惚れって……。あのねえ、誤解受けるようなことをでっかい声で言わないでくれる? あんたのせいで、さっきからえらい注目浴びてんだから。……とにかく、いったいあんたはどこの誰なの」
額をさすりさすりしつつ、再びテーブルと仲良くなっていた男は、はたと我 に返ったように顔を上げ、両手をペンギンのようにバタつかせた。
そして、いくらか声のボリュームを落とす。
「た、たいへん失礼しました! 僕は、二ツ橋大学法学部一年在学の、七嶋小次郎と申します!」
「二ツ橋大学……」
二ツ橋大学といえば、偏差値が中の下の下……の高校に通う那津でも知っている、超難関の国立大学だ。
国立の大学生なんて、生で初めて見た! と感動しそうになり、しかし、すぐに我に返った。
「国立行ってる人間が、底辺高校に通う俺みたいなヤツに簡単に頭下げるなよ」
七嶋小次郎と名乗った男は、分厚い眼鏡奥の、小さな目をパチパチさせ、さらに真面目な顔つきになった。
「……あなたは、優しい人なんですね。……やっぱり、僕の目に狂いはなかった」
「はい?」
七嶋は、やたらに歯並びの良い口元を全開させた。
笑ったのだ。
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