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「そのお姉さんっていうのやめてくれる?」
言われて嬉しくないわけではないが、人に言われるとこそばゆい。
「えっとじゃあ」
「貴田恵。私の名前」
「私は九隅四季です。じゃあ、恵さんって呼ばせてもらいますね。恵さんはこんな時間まで仕事でお疲れ様です」
「本当に嫌になっちゃうわよ。書類の不備やら言いがかりみたいなやり直し。それにもうすぐ就業時間っていう時を見計らって今日中に終わりそうにもない仕事を投げてくるんだから。もう嫌がらせでしかないわよ。……あれ? 仕事帰りとか言ったかしら?」
「いえ、スーツですし、仕事帰りかなと。仕事の帰りに遊びに行った可能性もありますけど、恋人と会うには少し服装が乱れていますしお化粧も直していないみたいですから。それに疲れた顔してますから」
「はは、そんなに疲れて見えるかな?」
「申し訳ありませんけど。見えますね」
はっきり言ってくれるとそれはそれで清々しい。
「はぁ。癒されたい」
「恋人さんがいるなら、たまにはデートしてみたらどうですか?」
「あー。幸二ね。駄目だ。あいつは」
幸二の顔を思い出すだけで腹が立ってきた。
「喧嘩ですか?」
「聞いてくれる?」
私は思わず身を乗り出していた。
「ええ。まだ私の目的地の駅はまだですから」
にっこりと笑う四季に私はしゃべり始めていた。
「幸二は私の教育係だったんだ。新入社員で入った部署で仕事を教えてくれる先輩。それが幸二だった。幸二はあまり口数が多い方ではなかったけどとても丁寧に仕事を教えてくれる人だった。分からないことは何が分からないのかをしっかり聞いてくれて適格なアドバイスをくれた。やり方を教えてくれるだけでなく、その理由も教えてくれるから物事を曖昧に覚えるのが苦手な私はすごく助かったよ。今でも仕事を続けられているのは幸二のおかげだと思っている」
「いい先輩だったんですね」
「そうだね。いい先輩でいい人だった。決して目立つような人じゃなかったけど、細かい気配りのできる人で、抜群に空気が読めるっていうのかな。幸二がいると職場がトラブルとかで険悪な空気になっていてもいつの間にか、何とかなるかみたいな空気になってたりする。陰から人を応援したりするのが得意な人だから。幸二は言ってたよ。昔から裏方が好きなんだって」
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