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「空気を読めすぎるっていうのも弊害があるんだよ。空気を直すために保つために、幸二は自分の気持ちに簡単に嘘を吐くんだ。そして、幸二は自分の気持ちに嘘を吐いたら嘘を吐いているうちにそれが本当の自分の気持ちだと思い込む悪癖がある」
「それは……大変そうですね」
そうなのだ。幸二は自分の自己評価が極端に低い人間だった。いつも自分に嘘を吐いて生きているのだ。自分自身が自分を一番信じられないのだろう。私は、いつも幸二に自分「なんか」なんて言わないでと繰り返して言っていた。私が好きになった人を好きになった人自身が貶めてほしくなかったからだ。
「結局、私を好きだっていう気持ちも嘘だったんだと思うよ。私が幸二の事を好きだったから幸二も私の事を好きだって思い込んでくれていたんだよ」
「何か事情があったのでは?」
「結婚式をバックレる理由が私と結婚したくない以外であるなら教えてほしいよ」
きつい口調で四季に向かって叫んでしまう。
「ごめん」
「いえ、こちらこそ配慮が足りていませんでした」
年下の女の子に気を使わせてしまった。自分自身に嫌気がさしてくる。
「幸二さんとは連絡は取っていないんですか?」
「とれるわけないじゃない。電話はつながらないし」
ふと、記憶が混乱する。電話がつながらない。なんで?
「電話を取ってくれないということですか? それとも呼び出し音すら鳴らないんですか?」
「電話の呼び出し音がならない……」
「本人に会いに行きました?」
「会いには行ってない。だって会えないから」
「どうして会えないんですか?」
繰り返される質問に曖昧な記憶が呼び起されていく。頭の中に倒れている幸二。血まみれの幸二が浮かぶ。
「そうだ。幸二は結婚式の日交通事故に……」
「事故にあったんなら結婚式にこれなかったのは仕方がないんじゃないですか?」
「でも、一緒に倒れていた人が……」
「一緒に倒れていた人?」
そうだ。幸二は一人で交通事故にあったわけじゃないんだ。元彼女と一緒に倒れていたんだ。
「元彼女。そうだ。智子と一緒に倒れていたんだ」
「元彼女ですか」
記憶が急に鮮明に蘇ってくる。手術中の赤い看板。出てきた医者の渋い顔と横に振られる首。真っ暗な安置室で寝かされている幸二。幸二の顔は白い布が被されていて見ることができない。
「そっか。幸二死んじゃったんだ」
あっけなく思い出す。
「悲しくないんですか?」
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