参、昭和四十二年

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 とにもかくにも、夏休みは始まった。  最初は、家族全員が弘一に手を焼くものだと思っていたが、どういう訳か彼は非常におとなしく我々の言う事を聞いてくれた。  絶対にため込むと思っていた夏休みの宿題も、順調にこなしているようだ。 「あいつ、何かあったのか」  とある日曜日の昼過ぎ、息子が遊びに出ている時間を見計らって、妻に聞いた。 「さあ。でも良い子にしてるんだから、あれで問題ないでしょ」 「いや、まあそうなんだが」 「最近は家のお手伝いもしてくれるようになったし、あの子が良い子だとわたしは単純に嬉しいけどね」 「んー……」 「……何か、気に食わないんですか?」 「あ、いやいや。悪い、そういう訳じゃないんだ」  妻が冷たい敬語を使いだすのは、機嫌が悪くなる合図だ。俺は慌てて引くことにした。 「最近、いつも昼飯食ったら遊びに出てるらしいな」 「まあ、家に居たところでする事ないからね」 「そりゃそうだ」  せめて兄弟でもいたら話は違ったのだろうが、こればっかりはしょうがない。 「もうちょっと、家が集落から近けりゃなあ」 「やっぱり、引っ越しは出来ませんか」 「まあなあ。やっぱり親父が元気なうちはここに住むのが良いんじゃないかって思ってさ」 「……そうですね。わたしが少し気にしすぎただけかもしれません」  笑顔の妻。その丁寧な物言いに不穏なものは一切感じられなかった。
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