壱、平成二十六年

11/15
前へ
/199ページ
次へ
 黄泉小径。私の地元でそう呼ばれる心霊スポットだ。確か、翔太と実家に帰った時に両親とその話をした覚えがある。死後の世界に通じる道『黄泉比良坂』の支道と伝えられている山中の細道で、その道に入り込んでしまうと帰って来られなくなるとされている場所だ。 「……よく覚えてたね、その話。確かに、あそこなら見つからないかもしれないけど」 「だろ?オレだって何も考えてない訳じゃないんだぜ?」  かすかなしたり顔で返す翔太。  結局私の実家近くなので、見つかってしまえば私が疑われる事に変わりはないのだが、実家の裏庭などと比べてしまうと確かに見つかりにくい場所ではある。ホッとしたとまでは言えないが、とりあえず最悪の展開にはならなかった事を良しとして、私はこれ以上この件で彼とやり合うのをやめて、車の外に視線をやった。  東の空がほのかに明るい。制限時間は少しずつ迫っていた。  しばらくして、スポーツカーは高速道路を降りた。  ここからは、私がナビしながら目的地へ向かう。  私は時計が示す時刻よりも、実際の夜空の白み具合の方が気になりだしていた。アカツキとでも言うのだろうか。すでに真夜中と呼べる時間帯ではない事だけは確かだった。  幸か不幸か、黄泉小径はインターからそれほど遠くない。最短ルートで行こうとするとかなり狭い道を突っ切る形にはなるが、対向車も無く到着までの道のりは順調だった。  私にとっては、久しぶりに見る光景だ。かつて、肝試しで何度か来た事がある。親にばれるとひどく叱られるので、子供たちだけで内緒で来たものだったが、いざ目の前にまで来てみると大抵誰かが泣き出してしまうため、実際に『中』に足を踏み入れた事は無かった。  黄泉小径は、鬱蒼とした竹藪の中にポツリとある獣道のような小さな道だ。正直、暗がりの中で死体を運び込むには厳しさを禁じ得ないが、ここまで来てしまった以上、用件を素早く終わらせるしかない。運転席から素早く降りてトランクを開ける翔太に倣い、私も助手席から腰を上げる。  翔太はちゃっかり包丁を手に取り、黙って私の方へ向けている。  脅迫されるがまま、私は開いた荷台に手を突っ込み、毛布にくるまれた遺体の足元を持った。翔太はそれを確認してから、毛布の上に包丁を置いて頭の方を持つ。 「慎重にいくぞ。せーの……」  ゆっくり、足元に気をつけながら、私たちの死体遺棄が始まった。
/199ページ

最初のコメントを投稿しよう!

122人が本棚に入れています
本棚に追加