壱、平成二十六年

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「何それ、どういう事……?」  私が聞き返しても、おゆいさまは答えない。ただただ、不気味な笑い顔のままこちらを見ている。  戸惑っていると、さらにおゆいさまはこちらの息づかいが伝わりそうな距離まで詰め寄ってきた。  正直、臭う。  至近距離で食い入るように私を見詰めるおゆいさま。何をされるか気が気じゃない私に向かって、彼女の口がさらに何か言おうとした、その時。 「誰だ!そこで何をしている!」  唐突に怒鳴り声がした。実家の近所に住んでいるおじさんの声だ。  いきなりの事態に、おゆいさまの顔が憎悪に歪んだ。その姿はみるみる透明になっていく。 「貴様……」  そう言ったかと思うと、彼女は右手で咄嗟に私の下っ腹を引っ掻く素振りをした。そして、それが当たったか当たらないかのタイミングで、おゆいさまの姿は完全に消えた。 「おい!お前美咲ちゃんじゃねえか!どうした!こんなところで、何してたんだ!?」  代わりに現れたのは、声の主のおじさんだった。懐中電灯でこちらを照らしながら近寄ってくる。  緊張感が切れた。私は状況の説明が一切できないまま、その場で泣き崩れてしまった。 「おい!どうした美咲ちゃん!?おい!おい!?」  優しいおじさんは、肩を抱いて心配そうに私の顔を覗き込む。私は何も言い返せず、ただひたすら泣きじゃくった。  ニワトリの泣き声が聞こえる。  恐ろしい夜は、終わったのだ。
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