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「……ん」
母と仁美がやりあっている内に、祖父がぎこちなくソファから立ち上がった。あわてて私が祖父の肩を持つ。
「大丈夫、おじいちゃん?」
「ああ。すまんな、千代子」
私の名前を間違える祖父。
すかさず、母が訂正する。
「おじいちゃん、その子は久美子です。お義姉さんじゃありませんよ」
最近、祖父はよく私を伯母と間違える。こんなところにいるはずないのに。
「……ん?」
祖父は、何を言っているのか分からないといった感じで母を見た。私と仁美は、渋い表情でお互いを見合わせる。
「その子は、久美子ですよ」
混乱している祖父に、母が重ねて言う。
「……?」
やはり混乱顔のままの祖父は、ゆっくりと私に顔を向けた。
ちゃんと私と目が合っているにも関わらず、その瞳はどこかうつろだ。
「……いや、すまん。座る」
考えている間に、何故立ち上がったのか忘れたのだろう。祖父は再び、ゆっくりと腰を下ろし始めた。
「あら。じゃあ、ゆっくり座ろうね、おじいちゃん。大丈夫?」
「んん、大丈夫。すまんな……えー……」
「おじいちゃん、だからその子は久美子ですよ」
「んん、大丈夫……」
「大丈夫じゃないでしょ、おじいちゃん?」
祖父を補助する私と、祖父に突っ込みを入れる母。
仁美はそんな私たちを、物凄く遠くにあるものを見るような視線で眺めていた。
ソファに身を沈め直した祖父は、そのまま喋らなくなった。
つられるようにして、そこにいる全員が口を動かさなくなる。嫌な間が空いた。
「……すいません。あのテーブル、どこにしまってありましたっけ?」
空気の読めないトヨ君が、私たちの沈黙をあっけなく破った。
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