参、昭和四十二年

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       *  その日の夕方、暇を持て余した俺は、家の周りをウロウロしながら父の帰りを待っていた。  夏至を過ぎたとは言え、まだ日没までが遅い時期である。あまり張り切られても体にさわるので、それなりに加減をしてもらいたいのだが。  ちなみに、今日はまだ弘一も家に帰ってきていない。  確か、今はもう6時を回っていたはずだ。  これは久々に説教か。俺が気重にそう考えていると、弘一が北の方角から歩いてくるのが見えた。 「……え?」  あちらに、民家は一切ない。あるのは黄泉小径だけだ。  弘一がこちらに気づいた。明らかに動揺している。 「また何か、嫌なことでもあったのか」  俺は、まだ遠くにいる弘一に大声で聞いた。息子は無言で首を横に振る。 「じゃあ、何でそっちから来るんだ」  弘一は走って寄ってきた。 「ただいま」 「そうじゃないだろう。父ちゃんの質問に答えなさい。お前、何で黄泉小径から来たんだ?」  弘一は少しの間黙っていたが、ほどなく口を開いた。 「……ごめん、内緒にするって約束したから」 「大人に言えない約束なのか」 「……」 「悪い約束なんだな」 「ううん、違う!」 「じゃあ言いなさい。お前みたいな小さい子供が、親に言えない秘密を抱えるなんて不健康だ」 「……」  息子は、律儀に口を閉ざした。  三輪トラックの音が遠くから聞こえる。  今夜は長い夜になりそうだ。
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