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耳を疑った。
何かの聞き違いだと思った。というか、そうであって欲しかった。
「え……」
何を言ってるの?
言葉は喉につかえて、まるで出てこない。
「毛布でこいつの体をくるんで、オレの車で運ぶ。物音は立てるなよ」
「え、待って。待って!」
翔太は本気で、私に死体遺棄の片棒を担がせようとしている。そう思った私はたまらず、彼の肩をつかんだ。そして、あくまで声を潜めながら言う。
「洋子さんを捨てる?今から?何のために?」
「決まってんだろ?洋子の死体がここにあったら、オレが殺したって疑われるだろうが」
「バカ言わないでよ。そんな事して逃げ切れると思ってんの?」
「逃げ切るんだよ。何としてもな」
「無理に決まってるじゃない!この部屋どうするのよ、こんなに血だらけなのに。まさか逃げる前にキレイに拭き掃除するとでも言う訳?時間がいくらあっても足りないじゃない!」
「こいつの死体さえなきゃ時間稼げるだろ。その間に少しでも逃げるんだよ」
この男は、自分が何を言っているのか本当に分かっているのだろうか。終始無表情で抑揚もない口調は、私を不安にさせるばかりだった。
「……ねえ、お願いだから警察行こ?何があったか知らないけど、こうなっちゃった以上もうどうしようもない……」
私は真っ白な頭を振り絞りながら、彼に逃亡を踏みとどまって欲しい旨を伝えようとした。が、私に与えられた説得の時間はものの数秒もなかった。
翔太は、洋子さんの血がべったりついた包丁をこちらに向けてきたのだ。
顔色は変わらない。もはや、完全にどこか壊れているとしか思えなかった。
「そんな事いうなよ……」
翔太は不意に、おねだりするような甘えた声で言ってきた。かすかにいつもの翔太らしさがにじみ出たのが、むしろ恐怖を誘う。
「お前しか頼るヤツいねえんだよ。たのむよ。愛してるんだ」
愛してる。
そんな言葉を、そんなモノ突きつけながら言わないでほしい。
私は、指一本動かせずに翔太を凝視した。翔太も、瞬きさえ忘れたかのようにこちらを凝視している。
私は、選択を迫られたのだ。
死体の遺棄を手伝うか、
それとも、ここで死ぬのかと。
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