壱、平成二十六年

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 そんな気持ちを知ってか知らずか、翔太は言いたい事をそのまま口に出してくる。 「でも、オレの事好きなんだろ?」  確か私は、もう付き合う気はない、と言ったはずなのだが。彼はいつも、自分の都合の良いようにしか物事が見えていない。 「あんたが洋子さんと一緒に住んでる事を知るまではね」 「違うんだよ。オレは何度もあいつに『別れよう』って言ったんだぜ。なのにあいつが聞き入れねえから」  どうせ二股がバレてから『別れよう』と言い出したのだろう。私はそう思ったが、あんまり平時のつもりで軽口をたたいてしまうと、何をされるか分からない。軽く頷くだけにとどめ、再び押し黙ることにした。 「年上の女となんか、付き合わなきゃ良かった。面倒くさいんだよ、色々と」 「お前といる方が落ち着くんだよ。分かってくれよ、美咲」  私が黙ったのを良いことに、翔太は次々と本音をぶちまけてきた。  とにかく、この男の心は子供だ。自分の気持ちばかり分かって欲しくて、他人の気持ちが全く見えていない。  そんな彼を面白がって、私は彼と交際を続けていた。私の方も、決して褒められた女ではないのだが。  私は、殺されるかもしれない覚悟で、敢えて聞いてみた。 「洋子さんは分かってくれなかったから、殺したの?」  場の空気が冷えたのを感じた。翔太はまったく表情を動かしていないというのに。  折悪しく赤信号。右折のウィンカーを出しながら、翔太はハンドルに覆いかぶさるようにして腰を曲げた。 「……最初からこうすれば良かったんだ」  絶対にそんなわけない。 「洋子はお前に何て説明したか知らねえけどさ。オレはマジであいつと別れてお前と付き合おうとしてたんだぜ。なのに、あいつはダメだって言いやがって」  どうしても口数を増やせない私を尻目に翔太は、洋子さんが私の事を知るようになったきっかけを語りだした。
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