壱、平成二十六年

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 翔太は元々、洋子さんと別れて私だけと付き合いたいと思っていたらしい。そのため、私の事を伏せて洋子さんに別れ話を持ちかけたという。  唐突な別れ話に洋子さんは聞く耳を持たなかった。他に女が出来たのね、と迫る彼女に対して白を切っていたら、何と探偵を使って私の存在と住所を突き止めたという。  それで、私の部屋に単身乗り込んでいったらしいのだが、あいにく実家に帰っていて留守だったので、翔太に私がいつ帰ってくるかを聞き出して、あの日二人で待ち伏せた。と、こういう事らしい。  翔太の話が本当なら、話をこじらせたのはむしろ洋子さんの方だとも言えなくないが、かなしいかな、私は彼がすぐ話を盛るのを知っていたので、信じる気にはまるでならなかった。探偵を雇ったなんて話も大げさすぎて怪しい。 「信じてねえな……」  青信号になるかならないかのタイミングで、翔太はアクセルを踏んだ。急発進で、ドリフト気味に車が右折する。  運転席側のドアには収納スペースがあり、そこには先ほどの血の付いた包丁がある。その気になれば、いつでも彼は私を殺せるのだ。私は、機嫌を損ねたらしい彼の右手に意識を割かずにはいられなかった。  幸い、その手はハンドルから離れることなく、運転が中断される気配もなかった。  スポーツカーは、近所迷惑気味な排気音を立てながら、深夜の国道を走っていく。どうやら行先は、高速道路のインターチェンジのようであった。
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