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浦島はその日から、店のあたしの部屋に居続けとなった。
母親だと思われていた老婆は、浦島を色子として拾って育てた後家だと聞いた。
浦島は幼いころから、命じられるがままに漁師の仕事をさせられ、夜は夜で閨の奉仕を強いられてきたのだという。
ほかの女や近くの娘らと口をきくと折檻され、この歳まで支配が続いてきたのだが、老いてますます執着の度合いを増して来た「母」に辟易していた。
「食わせてもらった恩はもう十分に返した」
そう言って、浦島は家と漁師としての人生をあっさり捨てた。
浦島に想いを寄せている女は少なくなかったはずだが、なぜあたしを選んだのかはわからない。
あたしの口利きで店の雇い人になった浦島は、まるで昔からそうであったがごとく玄人仕事に馴染み、商売にならない下客への対応も様になっている。
世間ではあたしが浦島をたぶらかしたように噂され、「母」が怒鳴りこんできたこともあった。
でも実際たぶらかされたのは、あたしの方だ。
浦島の言うことには何一つ逆らえないし、逆らおうとも思わない。
もし捨てられてしまったら、なんて考えるだけでゾッとする。
浦島なしでは生きていけない。
しばらくして、あたしは浦島の子を身籠った。
それを告げると浦島は静かに笑い、夫婦になるかと言ってあたしを抱いた。
店の外に借りた家で、浦島によく似た男の子を産んだ。
その子が七つになる年まで、あたしは幸せな妻で優しい母親だった。
その年の春先、浦島は店の若い酌婦と逃げた。
「捨てるぐらいなら殺すと約束して」
しつこく頼んでいたのに、浦島は守ってくれなかった。
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