オカエリとタダイマの小さな事件簿

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 私は即、状況判断に入った。明るさは先ほどと変わらず、やや靄のかかった感じ。空気は部屋干し生乾きの臭いに、夏場の満員電車の酸味を足したもの。部屋の配置は鏡面と言う訳ではない。階段や曲がり角の配置の効率が悪く、壁床天井はテクスチャーの貼り間違えと思えるほどバグっている。まるで玩具のブロックを使い始めた感じ。その上、散らかり放題でゴミのようにばら撒かれた掃除道具や、机、椅子、教科書、筆記用具が暴れ放題。  嘆く余裕は与えられず、さっそく現れた異界の脅威に晒さた。現実逃避ならぬ異界逃避行動中のタダイマを、溜息すら惜しみつつ見守る私。タダイマ越しにハッキリ見えるのは、かつては犠牲者だったと思われる人型の霊体。身の丈は178㎝あるタダイマより頭二つ大きく細身、長い手の指につく凶悪な爪、顔であろう部分には目もなく口もなく鼻もなく、切り株のように削がれた平面だけがある。  タダイマを盾にして時間を稼ぎ、さてどうしよう。どうにかするしかないが、この程度の霊体に効果てき面な消臭スプレーは手元にない。どころか、対霊機材の大半を収めた鞄は元の世界にある。事前調査を行う予定だったので、軽装備で来てしまった。対霊機材無しでは、直接攻撃か術を行使するしかない。 「タダイマ、ちょっと下がって」  首を縦にガクガク振って、後退るタダイマと入れ替わり、人型霊体と対峙した。動作は、遅く隙だらけにもほどがある。私は、動きを読みながら儀礼用の魔術ナイフに魔力を付加させる呪文を唱えた。青白く光を帯びたそのナイフを振るい、首に一筋の深い溝を刻んだ。 「なっなっなにっ!?」  二つの驚き、一つは目の前の霊体の動き。分断され消滅すると思っていたのに、そうはならなかった。頭部とそれ以下は別れたが、それぞれは独自に動き、不足分が再生された。もう一つは魔術ナイフ。アレを切った銀製の刃が腐食している。魔術が効かないのか、そもそもこの異世界での理は我々の世界と異なるのか? だが、手段はこれだけではない。
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