ロング・コールドスリープ

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 僕は、退院後、家にマスコミが押し寄せるのではないかと心配していた。コールドスリープから目覚めた人物が難病の治療を受けるなど、世間を賑わすには恰好のネタだと思えるからだ。だが、そんな心配は無用だった。  というのも、この100年間で倫理システムが驚くほど発達していたのだ。人々は礼儀正しく、犯罪発生率も低い。ゴシップ記事を読んで喜んでいたあの頃とは時代が変わっていた。この変化は、科学技術の発達よりよほど素晴らしい事だと思った。  なので、僕の事も個人情報は伏せられ、公共知としてひっそりとニュースになっただけだった。 《アルドンス病治療の確立に伴い、コールドスリープから2名が目覚める》  2名だって?  僕はすぐにマリアナキョーコに連絡を取った。 「コールドスリープから目覚めたのは僕だけじゃ無いのかい?」 「どうやらそのようですね」 「その人と連絡が取りたいんだけど?」 「お気持ちはわかりますが。ご存知のとおり、藤沢様の時代とは違って、今は個人情報が厳密に管理されていています。無関係の人へ連絡を取るというのはちょっと……」 「それでも金でどうにかなるのは昔も今も変わらないんでしょ? それに僕は古いタイプの人間だから、いかがわしい手段を使うのは気にならないよ」 「……承知しました」  彼女にとっては不本意な仕事かもしれない。が、相手がもし僕と同時代の人物だったら、向こうも連絡を取りたいと思っているに違いない。僕達の感覚からすれば、別に忌避するような話ではないのだ。  そう、この微妙な感覚の違いが常について回るのだ。この時代の人々はおしなべて良い人ばかりだが、融通が利かなかったり、面白味に欠けるように感じる。  父母はもちろん、同世代の友人もいない世界で、周囲とは微妙に肌感覚が違う。同じ境遇の人なら、この感じをわかってくれると思う。僕はただ、そんな些細なことに同意してくれる人と話がしたいだけなんだ。
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