不毛な争い

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何故、俺たちがこんな所にいるかと言うと、先ほどの醜い口論を見兼ねた彼女が、「男なら己の拳で語れ」と言い放ち、この公園に連れてきたのだ。 その彼女は、と言うと、横の公園のベンチで真っ直ぐな目で此方を見て座っていた。 ルールは簡単。 先に降参か戦闘不能になった方の負けとして、勝者には彼女の恋人になる権利が与えられるそうだ。 そんなカブトムシ見たいなルールで良いのかと尋ねてみたら、一切の逡巡無く彼女は首を縦に振った。 先ほどとは違う、気の重くなる沈黙とは違い痺れる様な緊張感を伴った静寂が周囲に蔓延していた。 彼女はしばらくして右手で手刀を作り、縦一文字に大袈裟に振った。 「始め!!!!」 普段の彼女からは考えられない程の低く張り詰めた声によって争いの火蓋は切って落とされた。 冬の寒さも置いて、二人の大学生が深夜の公園で本気の殴り合いをする。 俺も友人も中高と野球部で活動していたため運動には自信があった。 しかし、ケンカの類は特に互いにしたことが無いので、見るに堪えない素人の醜い殴り合いを披露することになった。 彼女はここに来る途中、拳に自分の思いを乗せて殴れ。と俺たちに言った。 だから俺たちは、一発一発に心を込めて殴りあった。 五分もすれば、元々冬の寒さで乾燥していた拳が所々裂け、血が流れていた。 それは友人も同じだった。 十分もすれば、互いが地面に伏せ動くことが出来なくなっていた。 殴り殴られ体の至る所が痛かったが、不思議と悪い気持ちはしなかった。むしろこれまでにないくらい晴れやかな気持ちだったのだ。 それはどうやら友人も同じな様で、互いにいつの間にか空を見て微笑んでいる事に気がついた。 勝敗は最早どうでも良く。
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