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「はい」 ポツリと水滴が垂れるかの様に小さく小さく答えた。 「そうかね。しかし、お前の言葉からは迷いが混じっている。まるで、決心と迷いの大陰大極図だ。何か、まだ足りないと思っているのでは無いのかね?」 「……」  龍神様の言葉は健一郎にとって図星だった。外の世界で、自分の因果に従って生きる。ただこれしきのことなのだが、彼にとっては分からないことだった。 「僕は自分の運命、課せられたモノを果たす為に動いた。それは全く間違ってはいなかったと思います。……しかし、怖いのです。あの世界には正しさも間違いも無い、脆弱で都合の良い混沌なのですから」  彼は龍神様の質問に否応なく答える。そして、顔を戻し体をまた拭く。 「ここはあそこよりも美しい。暖かい心地よさは無限に続き、眠る必要も僕には無い。ただ伸び伸びと生きることに集中して過ごすことが出来る。」  健一郎はここで1週間を過ごした感想を言う。そして、体を拭き終わったので龍神様に断りを入れてから服を着始める。龍神様は喉が渇いたのか、池から手で水を少し掬い喉に通した。そして、また先程と同じような体勢で座る。 「ふむ、そうだな。ここは確かに美しい。地球に住んでいた時代から、ここに最初に来た時は私も同じ考えをしていたな。……とても懐かしい記憶だ」  服も着終わり、健一郎は滝と共にに落ち続ける龍神本体の水龍の姿を見る。そこには無限に続く地獄と世の理を思考し続ける哀しさがあった。 「龍神様、僕は何故ここに来てしまったのでしょう?……いずれ帰らなければならないのに、何故このような……僕にとって優しい場所に来てしまったのでしょうか?」 数秒、または数分か。水が池に落ち続ける低く激しい音が辺りを支配した。そして、ある意味で静寂の空間を龍神様が先に崩す。 「そうだな。それは簡単な話だ。例えば、お前が気晴らしに散歩に出かけることがあるだろう。それと同じなのだ。ほんの偶然で、ここにはお前にとって幸せな場所であり、自身の因果から逃避することが出来る場であった。ただそれだけだ、意味など無いのだ」  そう言って、龍神様は消えた。彼はどうも思念体というものらしい。本当はあの滝と共にいつまでも、いつまでも流れ落ち続けている水龍こそが彼の本体なのだ。健一郎が1週間前にここに訪れた時も、傍目からからは分からぬほどに落ち続けていた。
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