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「ありがとう、龍神様」  健一郎は礼を言い、濡れたタオルをもう一度水に漬けて洗う。そして、また絞った。それを三度繰り返し、髪を拭きながらまた空を仰ぎ見る。ここは夜になると、素晴らしい満点の星空が見えるらしい。ここに来てすぐに、1週間の時間を考える時間に費やしたから見たことが無かったのだ。 「やい、人間。そこの人間」  そうしていると、下から声がする。すると、そこには先程の逃げた二人の者達がいた。彼等は近くで見ると実に単純な顔をしており、目と口にボンヤリとした色が付いた3点顔をしていた。しかし、個人差はあるらしく、一方は目が大きく口は小さい。そして、それを囲む顔はひょうたんを逆さまにしたようだ。他方は、口は同じくらいだが目が小さい。また、それを囲む顔はまん丸なのだが所々デコボコしており、まるでジャガイモのようだ。どうやら健一郎を呼んだのは、前者の逆ひょうたん顔の方らしい。 「何だ?」  健一郎はタオルを首にかけて、彼等に応じる。 「変な奴……早く去れ……早く去れ……」  ジャガイモ顔の方が健一郎に出て行けと連呼している。彼等にとっては、急に自分達の世界に来た来訪者に驚き、また怯える対象となっているのだろう。どこの世界でも一緒なのだ。いきなり異なる者が現れれば、怖がって当然だ。しかし、彼等は元々外界から来た水龍のことを龍神様と崇めてもいる。 「すまない、僕もここから近々去ろうと思っている。しかし、まだ何か足りないんだ」  健一郎は頭を下げ、彼等に謝罪する。それを見た彼等はジッと身を止めるが、逆ひょうたん顔の方が先に動いた。小さく太い足で地面に地団駄を踏み始め、ジャガイモ顔の方もそれに釣られる。 「人間は勝手だ、我儘だ。あまり生意気言うと、我ら総出で食ってしまうぞ」 「食ってしまうぞ……食ってしまうぞ……」  健一郎は彼等の言動を聞いて、少し共感する。しかし、彼等の思いを考えて、それは恥ずべきだと自分を諭す。彼等と自分とでは、余りにも状況が違う。 「本当にすまない。だが、決心がついても納得が出来ていないんだ。もうしばらく僕がここに留まる事を許してくれ」  健一郎はそう言い、岩に横たわって薄目で空を見上げる。先程から何も変わっていなようだが、渡り鳥の様に駆け抜けていく風が葉の位置をずらして新たな景色を創っていた。
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