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たった数秒、いや数コンマで空の景色は移り変わっていく。まるで、葉は人間の様に揺らめいては踊るのだ。見上げる空は、時空の中で変化し続ける世界の根本が一枚の絵となっている。
「やい、人間。愚かな人間」
「愚かな人間……愚かな人間……」
健一郎が見上げていると、先ほどの彼等が彼の傍らで呼び始めていた。
「どうした?」
健一郎は目だけ彼等に向ける。すると、それに気づいた彼等はピョコピョコと跳ね始めた。
「俺達はその岩に登れないのだ、だから岩の上で見る空を見たことが無い。私達をお前の体に乗せろ」
「乗せろ……お前の体に乗せろ……」
どうも健一郎を使って空を見上げたいらしい。彼は苦笑し、岩の上から自分の手を彼等に向けて伸ばす。すると、彼等はワァと喜び踊り、チョコンと彼の手に載る。彼はそれを確認すると、彼等を自分の胸に持っていく。そして、彼等が服にしがみついた事を確認し、また岩の上に横になった。
「光が大きい……暖かい……」
「礼は言わぬぞ、人間め。これはまだ去れない事を許す我らへの恩返しだと思え」
彼等はそう毒づきながら、健一郎と同じように空を仰ぎ見ていた。
「ああ、分かってる。すまない」
健一郎は謝りながら、彼等が風に飛ばされぬ様に手で守る。彼等はそんなことを気づきもしないが、彼はそのことを怒りもしなかった。気づかないのは、彼等が本当に感動しているからだ。そこに自分の事を考えるように彼等に押し付けるのも、酷な話だ。
「人間、お前は名を何と言うのだ?」
少し時間が経った後、逆ひょうたん顔の方がポツリと漏らす。もしかしたら、本当はずっと気にしていたのかもしれない。健一郎はそう思い、すぐに口を開く。
「健一郎、と言う」
「そうか、ケンイチローか」
健一郎は少し迷ったが、やはり聞くべきだろうと考える。
「君の、君達の名前は?」
また時間が過ぎる。そして、太陽が沈み夕暮れに差し掛かる頃になって、やっと逆ひょうたん顔は口を開いた。
「名は無い。昔あった気もするが、あったとしてもそんなものは当に忘れた。俺は俺でしかない」
健一郎は「そうか」と一言発した。彼は『俺は俺でしかない』という言葉に妙に心を強く揺さぶられていた。そこに自分が元の世界に納得できる何かがあると感じたのだ。しかし、いくら考えても答えは出てこない。
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