理想

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「あれは、あれ。……手」 「手?」  俺がオウム返しをすると、目はほとんど開いていない彼女はふんわりと微笑みながらうんうんと頷いている。彼女の頭にはどんな情景が浮かんでうるんだろうか。俺も共有させて欲しい。   「羨ましい。……あんな風に、なりたいな」  そう呟くと、仰向けにしていた身体を俺の方に向けようと寝返り、そしてぴったりと俺に寄り添ってきた。彼女の体温を直接感じることになって、俺の心臓は大きく跳ねた。 「手、繋ぐの」    俺の胸に顔を埋めながら、彼女は言葉を続ける。普段強がってばかりであんまり自分の気持ちを言わないし、少し天邪鬼な面がある彼女。けれど、今の寝ぼけている彼女なら、心の声を、本心をちゃんと聞かせてくれそうな気がする。彼女が日ごろ感じていることを知りたいという気持ちが強くなり、ぼそぼそと聞き取り辛い小さな声に、耳を傾けた。 「80歳過ぎてもあんな風に手を繋いで……いいな、羨ましいなって」  ……なんとなく分かってきた。病院で作業療法士をしている彼女が、きっと仕事で出会った患者さんの話なんだろう。たぶん彼女が言いたいのは、80代の患者さん夫婦が手を繋いでいて、それが羨ましい、あんな風になりたいって思ったってことだろうと推測する。
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