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彼は、家族のことを話す時と同じように、穏やかな笑みを浮かべて言った。
「彼氏、居ないって言ってたよね?」
親から勧められた仕事だった。
卒業の3月になっても内定の出ないわたしに『厳しい仕事だけど、社会勉強になるから』と母の知り合いが支部長を務める保険会社への就職を促したのは、人付き合いが得意でないわたしへの、先を見据えた荒療治の意味もあったと思う。でも。
「支部長の知り合いの娘さんだからって、使えない子取られても、こっちもヒマじゃないのよね」
「新卒の女の子が来るっていうから、若い男の子向けのイベントとかに使えるかと思ってたのに、あれじゃ。見かけは悪くなくても、名前の通り暗くて愛想もないし」
陰で何と言われているか知っている。だから、何とか結果を出したかった。
親戚も、数少ない友達も、引き継いだ既契約者も、頼れるカードはもう疾うに使い切って、わたしにはその人しかなかった。
「あ……ッ」
弄られてもう敏感になった胸の先を、椿田さんは口に含んで舌で転がす。軽く弾かれるだけで、体が跳ねて声が漏れる。鼻にかかったような甘えた声は、自分じゃないみたいだ。
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