三章 狂犬

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「静子さん。今日のナスの煮浸し、ちょっと甘かったよ」 「ごめんなさい。あれは、わたしが作ってないから」 「やっぱりね。いつもの味つけじゃなかった。おれは静子さんの味が一番、好きだな」 「あら、そう? 明日は何にしましょうね」 「ハンバーグ」 「玲一さんは、ほんとにハンバーグが好きね」 肩をならべて静子と話す玲一は、とても楽しそうだ。二人のジャマをするのは、気がひけるぐらい。 ぼんやり立ってると、玲一が気づいた。 「膳は、そのへんに置いといて。あそこに見えるのが風呂場なんだ。ふだんは使ってない旧式なやつだけど。家族とかぶるのはイヤだろ? わかしてあるから、入ってよ」 勝手口の真向かいに離れがある。そこのことだ。 「じゃあ、入らせてもらおうかな。遠慮なく」 「ちょっと待って。どうせ女子は長風呂なんだろ。十分ーーいや、五分であがる。さきに入らせてくれ」 アユムが言うので、 「しょうがないなあ。ほんとに五分ね」 そのあいだに着替えをとりに部屋に戻った。腕時計をはずすときに見ると、七時半。 「矢沼くん。遅いな。そろそろ報告あってもいいのに」 ちゃんと桝前田さんから預かり物、受けとったの?ーーと、メールを送っておく。 「ユキ。うちに電話かけるね。泊まってくるって言っとかなかったから」 「うん。いいよ」 「ユキはいいの? 電話しないで」 「わたしは出るとき、言っといたから」 でも、豆太郎は、どうなったんだろうか。 あのあと、実家に帰ったのか。それとも、あのまま狂犬と群れているのか。 聞きたいが、聞くのが怖い。 「ユキ。ぼんやりしてる」 「なんでもない。お風呂入ろ」 薄暗い廊下を何度もまがり、厨房に行く。玲一と静子の話し声が聞こえた。 「ほんとにいいの? 後悔しないの?」 「いいんだ。もう終わらせなきゃ」 「あきらめないで。わたしのことはいいから。あなたは逃げなさい」 「お母さん……」 お母さん? 今、玲一は、はっきり、そう言った。 つまり、静子はただの家政婦ではなく、玲一の父の愛人ということか? 玲一は妾腹なのか。 それなら、わかる。さっきの家族の冷たい態度。 ユキは、そう考えた。 しかし、そこには、もっと恐ろしい秘密が、かくされていたのだが……。
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