五章 鎮めの祭

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緊迫した声で、猛が言う。 「犬神が暴れてるんだ」 「戸神くんね。さっき、村のほうへ向かった」 「坂上も住処にいなかったけどね。でも、二人が暴れてるなら、悲鳴が二方向から聞こえるはずだ。たぶん、単独だな」 「どうしよう」 「懐剣は持ってきてたね」 「持ってる」 箱から出して、ジーンズのベルトにさしこんでる。 「貸して」 猛が言うので、ユキは、おどろいた。 「まさか、行くつもりなの?」 「だって、そのつもりで村に帰ってきたんだろ? はっきり言って、ユキさんじゃムリだ」 「だめ! そんなこと言って、あなただって倒せる保証はない。さっき、わたしの頭上をとびこえたとこ、見たでしょ? あんな相手に、いくら、あなただってーー」 猛は、笑った。 「死ぬときは死ぬさ。明日、何が起こるかなんて、誰にも保証はないんだ」 笑ってるのに、なぜか、さびしげに見える。 なんとなく感じた。 この人は、いつも死と、となりあわせに生きてきたんだと。 「どうして、そんなふうに笑えるの? ほんとは、さびしいんでしょ?」 猛は困惑顔で、ため息をつく。 「まいったな」 「わたし、あなたが死んだら、泣くから。絶対、うらんで化けて出るから」 「立場逆だなあ。うらんで出るのは、おれじゃないの? その場合」 くすくす笑う猛の手が、ユキのほうにおりてきた。 「ありがとう」 そう言って、猛はユキを抱きしめる。 ユキは嬉しさより、切なくなった。 この人は、ほんとに死ぬつもりなのかもしれない。 猛が離れたとき、その手に懐剣を持っていた。ユキのベルトから抜きとったのだ。 「ユキさんはアルバム、とりにいって。それで、たしかめてほしい」 「何を?」 「坂上リヒトの母親が、赤ん坊を抱いてる写真があったんだ。それを確認してくれ」 写真の何を確認するのか、聞きそびれた。 すでに猛は走りだしていた。 昨日、会ったばかりなのに。 どうして、こんなに好きなんだろう。 あのさみしげな笑みのわけを、次に会ったときには聞きたい。 遠ざかる後ろ姿を、ユキは見送った。
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