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緊迫した声で、猛が言う。
「犬神が暴れてるんだ」
「戸神くんね。さっき、村のほうへ向かった」
「坂上も住処にいなかったけどね。でも、二人が暴れてるなら、悲鳴が二方向から聞こえるはずだ。たぶん、単独だな」
「どうしよう」
「懐剣は持ってきてたね」
「持ってる」
箱から出して、ジーンズのベルトにさしこんでる。
「貸して」
猛が言うので、ユキは、おどろいた。
「まさか、行くつもりなの?」
「だって、そのつもりで村に帰ってきたんだろ? はっきり言って、ユキさんじゃムリだ」
「だめ! そんなこと言って、あなただって倒せる保証はない。さっき、わたしの頭上をとびこえたとこ、見たでしょ? あんな相手に、いくら、あなただってーー」
猛は、笑った。
「死ぬときは死ぬさ。明日、何が起こるかなんて、誰にも保証はないんだ」
笑ってるのに、なぜか、さびしげに見える。
なんとなく感じた。
この人は、いつも死と、となりあわせに生きてきたんだと。
「どうして、そんなふうに笑えるの? ほんとは、さびしいんでしょ?」
猛は困惑顔で、ため息をつく。
「まいったな」
「わたし、あなたが死んだら、泣くから。絶対、うらんで化けて出るから」
「立場逆だなあ。うらんで出るのは、おれじゃないの? その場合」
くすくす笑う猛の手が、ユキのほうにおりてきた。
「ありがとう」
そう言って、猛はユキを抱きしめる。
ユキは嬉しさより、切なくなった。
この人は、ほんとに死ぬつもりなのかもしれない。
猛が離れたとき、その手に懐剣を持っていた。ユキのベルトから抜きとったのだ。
「ユキさんはアルバム、とりにいって。それで、たしかめてほしい」
「何を?」
「坂上リヒトの母親が、赤ん坊を抱いてる写真があったんだ。それを確認してくれ」
写真の何を確認するのか、聞きそびれた。
すでに猛は走りだしていた。
昨日、会ったばかりなのに。
どうして、こんなに好きなんだろう。
あのさみしげな笑みのわけを、次に会ったときには聞きたい。
遠ざかる後ろ姿を、ユキは見送った。
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