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一人になったユキは歩きだした。
村の入口まで戻らなければ。
物陰づたいに進んでいく。
それにしても、行きにくらべて、村人の数が少ない。ほとんど、すれちがうこともない。みんな、犬神退治に向かったのか。それとも……。
材木置場に続く杉並木の道まで来た。
そこからは懐中電灯をつける。
とたんに、光の輪のなかに人影が浮かびあがる。
玲一だろうか? それとも、リヒト?
ユキは立ちすくんだ。
人影は、ゆっくり、こっちに近づいてくる。数メートルの距離まで来たのを見て、ユキは、おどろいた。
「あれ? ヨウタ? どうしたの? 夜勤で来れないんじゃなかったの?」
声をかけてから、ユキは気づいた。
この雨のなか、ヨウタは白衣を着てる。いくら医者だからって、あまりにも、おかしい。
「なんで白衣なの? まさか、夜勤の途中で抜けだしてきたんじゃないよね?」
ヨウタは答えない。
顔色が妙に青い。
ユキは薄気味悪くなった。
「ねえ、なんで、さっきから、だまってるの?」
それでも、まだ答えない。沈黙のまま、じっとユキを見ている。こんなヨウタ、初めてだ。
「ねえ? どっか、ぐあい悪いの?」
近づきかけて、ユキはドキリとする。
ヨウタのうしろに、もう一人、立ってる。女だ。うつむいていて、顔は見えない。でも、似てる気がする。信じられないが……。
(まさか。そんなはずない。だって……)
死んだから。
ユキの知るその人は、たった一日前に死んだ。ユキの目の前で。
女が顔をあげた。まちがいなかった。
「リンカ!」
二人が、近づいてくる。すっと、地面をすべるように。
そして、両側からユキの手をつかんだ。腕に痛みが走る。見ると、つかまれたところに歯型がついていた。
ユキは悟った。
リンカだけじゃない。ヨウタも、もう、この世の人ではないと。二人とも犬神に殺され、あやつられてる。
(次は、わたしの番なんだ……)
抵抗する気力も、わいてこない。
ただ、あまり苦しい死にかたはしたくないなと思った。
二人はユキをどこかへ、つれていこうとする。村の方向だ。きっと犬神のもとへ行く気なのだ。懐剣もないし、どうしようもない。
とつぜん、誰かが耳元で叫んだ。
「行けよ! 今のうちに」
いつのまにか、かたわらにアユムが立っていた。青ざめた顔で。
アユムはヨウタをはがいじめにして、ユキから引き離す。
「アユム……」
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