五章 鎮めの祭

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知らず知らず、涙が、こぼれてくる。 アユムが、ここにいる。今ごろ、病院にいるはずなのに。 なぜ、いるのか? その答えは、ひとつだ。 「あんたも……死んじゃったのね」 きっと、搬送先の病院で、また襲われたのだ。 リンカやヨウタのことも悲しい。 でも、なんだろう? アユムが犬神に殺されたと知ったときのこの感情の乱れは。リンカたちのときとは違う。 「ごめんね。アユム……」 ふたたび、アユムが、さけぶ。 「早く! おれも、いつまで抵抗できるか」 そう言うアユムの顔に、ひとつ、歯型が浮きあがる。アユムは何かの呪縛に抗うように苦しみだした。 「はや…く……急げッ!」 アユムの手足に、続けざまに歯型が浮かんでくる。もう抵抗が難しいようだ。 「ありがとう。アユム……」 ユキはリンカの手をふりはらった。全力で、かけだす。 背後から、リンカが追ってくる。すぐあとには、ヨウタと、アユムも。 材木置場につくと、急いで車に乗りこむ。 しかし、タッチの差で、ヨウタの手がドアをつかむ。 昨日までの友達。でも、ためらってるヒマはない。 ユキは思いきってドアをしめた。両手で、全体重をかけて。ブツンと、いやな感触があった。ドアが閉まる。すかさず、ロックをかける。 あやういところで、車内に逃げこめた。 三人は車をとりかこんで、窓をたたいてくる。アユムも、もう完全に、あやつられてる。 ふるえる手で、キーをさしこむ。スペアキーだ。エンジンをかける。車の運転なんて、何年ぶりだろう? 教習所以来だ。 (ええと……ギアをドライブにして、なんだっけ? そうだ。サイドブレーキをおろすのか) おぼつかない感じでアクセルをふみこむ。いきなり、急発進した。何か手順が違ってたみたいだ。クリープ現象で発進とかなんとか、一瞬、頭に浮かぶ。 でも、おかげで、ゾンビたちをふりきることに成功した。材木置場をとびだし、杉並木を走りだす。 バックミラーを見ると、青白い影が三つ、追ってきていた。でも、遅い。そのうち見えなくなった。 舗装道路に入ったところで、いったん停車した。今、どこに猛がいるのか、確認するためだ。 リンカたちが来てないことをたしかめて、窓をあける。 そのときになって、ゆかにころがってるものに気づいた。手指が二、三本、イモムシみたいに、うごめいてる。ヨウタの指だ。 ユキはドアをあけ、けりだした。
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