三章 狂犬

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玲一に案内されたのは、撮影スタッフが使うはずだった広間だ。そこに人数ぶんの膳が用意されていた。 すでに玲一の家族は集まってる。 玲一の祖父母。両親。叔母。 それに、あの静子という家政婦が、すみに、すわってる。 「遅くなりました」と、ひとことだけ言って、玲一は膳の前にすわる。 しかたないので、ユキたちも空いた膳の前に、てきとうにすわる。 無言のまま、食事が進む。 お世辞にも楽しい食事風景ではない。いつも、こんな感じだろうか。会話がないだけでなく、たがいに監視しあうような張りつめた空気だ。 (変な家族) 高そうな着物のおばあさんの玲一を見る目つき。なんて陰険なことか。 両親は完全に息子の玲一を無視している。その物腰には、玲一を恐れてるような印象もある。 ただ静子だけが、かいがいしく、玲一の世話をやいていた。 食事が終わると、戸神家の人たちは退室していった。去りぎわに、妖怪じみたおばあさんが釘をさしていく。 「玲一。客を入れたはいいが、どうなろうと知らんぞ。勝手なふるまいはさせんようにな」 「心得ています」 会話は、それだけだ。 言うだけ言って、老婆も立ち去る。 「わたしたち、歓迎されてないみたいだね。悪かったね。戸神くん」 ユキが言うと、玲一は笑った。 「あいつらは、おれには逆らえないんだ。気にすることはないさ」 自分の家族を『あいつら』だなんて、屈折してる。 「逆らえないって……家族なのに」 「家族? あいつらが家族なもんか」 「じゃあ、なんなの?」 玲一は言葉につまった。吐息をついて、話をそらす。 「静子さん。ごちそうさま。片付け、手伝うよ」 家族には冷淡なのに、お手伝いさんには優しい。玲一は本当に複雑な人間だ。 でも、なんだろう。 嫌いになれない。自分を呪った相手かもしれないのに。 もしかしたら、自分は同情してるのかもしれないと、ユキは思った。 「お膳、片付けるの、わたしたちも手伝います」 「あら、いいんですよ。お客さまに、そんなことしてもらうわけにはいきません」 「お客も何も、勝手に押しかけて、お世話になってるだけですから」 ユキたちは膳を持って、静子と玲一のあとに、ついていった。 古民家の厨房は土間だ。いまどき、カマドに石の流し台。薄暗い電球に照らされて、古い怪奇映画のワンシーンみたい。 でもーー
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