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「静子さん。今日のナスの煮浸し、ちょっと甘かったよ」
「ごめんなさい。あれは、わたしが作ってないから」
「やっぱりね。いつもの味つけじゃなかった。おれは静子さんの味が一番、好きだな」
「あら、そう? 明日は何にしましょうね」
「ハンバーグ」
「玲一さんは、ほんとにハンバーグが好きね」
肩をならべて静子と話す玲一は、とても楽しそうだ。二人のジャマをするのは、気がひけるぐらい。
ぼんやり立ってると、玲一が気づいた。
「膳は、そのへんに置いといて。あそこに見えるのが風呂場なんだ。ふだんは使ってない旧式なやつだけど。家族とかぶるのはイヤだろ? わかしてあるから、入ってよ」
勝手口の真向かいに離れがある。そこのことだ。
「じゃあ、入らせてもらおうかな。遠慮なく」
「ちょっと待って。どうせ女子は長風呂なんだろ。十分ーーいや、五分であがる。さきに入らせてくれ」
アユムが言うので、
「しょうがないなあ。ほんとに五分ね」
そのあいだに着替えをとりに部屋に戻った。腕時計をはずすときに見ると、七時半。
「矢沼くん。遅いな。そろそろ報告あってもいいのに」
ちゃんと桝前田さんから預かり物、受けとったの?ーーと、メールを送っておく。
「ユキ。うちに電話かけるね。泊まってくるって言っとかなかったから」
「うん。いいよ」
「ユキはいいの? 電話しないで」
「わたしは出るとき、言っといたから」
でも、豆太郎は、どうなったんだろうか。
あのあと、実家に帰ったのか。それとも、あのまま狂犬と群れているのか。
聞きたいが、聞くのが怖い。
「ユキ。ぼんやりしてる」
「なんでもない。お風呂入ろ」
薄暗い廊下を何度もまがり、厨房に行く。玲一と静子の話し声が聞こえた。
「ほんとにいいの? 後悔しないの?」
「いいんだ。もう終わらせなきゃ」
「あきらめないで。わたしのことはいいから。あなたは逃げなさい」
「お母さん……」
お母さん?
今、玲一は、はっきり、そう言った。
つまり、静子はただの家政婦ではなく、玲一の父の愛人ということか?
玲一は妾腹なのか。
それなら、わかる。さっきの家族の冷たい態度。
ユキは、そう考えた。
しかし、そこには、もっと恐ろしい秘密が、かくされていたのだが……。
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