三章 狂犬

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S市の駅前のファミレスで、矢沼は桝前田と落ちあった。 桝前田は近くの大学で講師をしている。昼に会ったときは、そのあと講義があるというので、いったん別れた。 「お待たせ。ついでに夕食、食っていこう。じつは今、家内が持病で入院中でね。この年で自炊はキツイよ」 と、そう言う桝前田は、戦国武将みたいな名前とは正反対の、ヒョロリと、ひんじゃくなおじさんだ。 夜間に歓楽街を歩いていれば、まちがいなく少年たちからカツアゲされるタイプ。 矢沼も同じタイプなので、ひとめで、たがいにシンパシーを感じた。 「そうなんすか。娘さんとか、いないんですか?」 「娘はいない。息子は東京で働いててね」 「じゃあ、家に一人なんすね」 「ペットがいるよ。家内の可愛がってる毛の長いチワワが。私に、なつかなくてね。やんなるよ」 「僕、動物、大得意ですよ。犬も猫も、すぐなついてくれる」 「じゃあ、今日、ジャッキーのシャンプーしてくれんかなあ。もう十日も、ほっときっぱなしで。なにしろ、牙むいて、うなるんだ」 「いいすよ。任せてください」 「なんなら泊まってくれたらいい。息子の部屋があいてるから。蜂巣の預かり物、探すのに時間がかかるだろうし」 「助かります! 感謝」 そんなことを話しながら、冷やし中華を完食。 桝前田の自宅は、ユキの実家のあるA町の、となり町。かなり山手だ。なかなかのモダン住宅だが、奥さん不在で庭の花には元気がない。 「おジャマしまーす。へえ。マスさん、キレイにしてるんすね。ジャッキーちゃんは、どこかなあ?」 ロングコートチワワの姿は見あたらない。 「そのへんに、かくれてるんだろ。腹が減ってるはずだから、そのうち出てくるよ。私は蜂巣に預かったものを持ってくるから。ちょっと待っててくれ」 桝前田が二階に上がっていく。 そのあいだ、矢沼は一階をうろうろして、ジャッキーを探した。犬のオモチャやケージはあるが、肝心の犬がいない。 「ジャッキー。ジャッキー? どこにいるのかな?」 けっきょく、室内にはいなかった。 「ジャッキーのやつ、見つからんのかね? おかしいな。こっちは、ちゃんと見つかったよ。これが蜂巣から預かってたものだ」 風呂敷包みを渡される。 「あ、どうも。じゃあ、坂上さんに渡しときますね」
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