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「本来なら私が渡すべきなんだがね。なにぶん、坂上さんとは二十年も音信不通でね。蜂巣の葬式が最後かな。リヒトくんは、まだ小さかったが、元気にしてたかな?」
「元気。元気。今、すっごいデカイです。でも、ちょっと怪しいんすよね。ユキさんは気づいてなかったみたいだけど。最初に会ったとき、話が、かみあってなかった。
ああっ、いくらイケメンだからって、ユキさんが男の顔に、まどわされる女だったとは! 僕が守ってあげなくちゃ。あの人、しっかりしてるようで、どっか抜けてるから」
リヒトの着てた、ウッカリしっかりTシャツは、ユキにこそ、ふさわしいと、矢沼は思う。
ユキのほうは、バカにしてる後輩に、こんなふうに思われてるとは、夢にも思うまい。バレたら激怒しそうだ。
桝前田が笑う。が、玄関ドアを見て、急に青ざめた。
「しまった!」
「どうしたんすか?」
「これだ。これ」
桝前田が示したのは、玄関の猫用入口。
「ガムテープが、やぶれてる。ここから出ていったんだ。ジャッキー」
「なんで、こんなのあるんすか?」
「ちょっと前まで猫もいたんだよ。とつぜん、いなくなって。しょうがないから、ジャッキーが逃げださないよう、ガムテープでふさいでたんだが」
「それって外に行っちゃったってことじゃないすか。どうするんすか? 奥さんに叱られません?」
「怒るだろうな。それも、すごく。まあ、門や柵を越えられるわけない。庭にいるよ。きっと。ちょっと探してくる」
「手伝いましょうか?」
「いや、大丈夫。エサで誘えば出てくるはず。君、さきに風呂使っていいよ」
「あざーす」
遠慮なく、風呂場に直行する。荷物を脱衣所に置き、浴室に入った。
シャワーを使いだすと、周囲の音が聞こえない。
すりガラスの窓の外は裏庭のようだ。外灯に照らされて、ジャッキーをさがす桝前田の影が、何度も、よぎっていく。
シャンプーしながら、なにげなく、それを見ていた。
ふと、矢沼は妙な感じをおぼえた。
さっき窓の外をよぎった影、白っぽい服を着てたような。
いや、白は桝前田も白いシャツだ。でも、さっき見た影は、もっと全体が白くて、長袖……もしくは、着物だったような?
そう思っていると、また影が、よぎった。
ゆっくり、ゆっくり。
異常なのろさで、すりガラスの向こうを歩いていく。
わけもなく、矢沼は、ふるえがついた。
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