この夏を何度も

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プライベートビーチのような浜辺は花火見物をするのにも穴場で、誰もいなかった。 平らな岩場を選んでシートを敷いて腰掛けると、また一つ花火が上がった。 「あー、それにしても沙織のご家族に結婚の挨拶するの、恥ずかしいな。昨日、あんなことしちゃったから」 拓己くんがクシャクシャッと髪を掻き乱すと、少し幼い感じになった。 大学のサークルの後輩だった拓己くんは1つ年下だ。 出会った時はやたら見た目がいいけど、大人しくてかわいい子という感じだった。 それがこの5年ですっかり大人の男性へと成長して、頼れる彼氏になっていた。 「うちのお父さんは褒めてたよ? あんな大男に向かっていくなんて、相当沙織に惚れてるなって」 「うん。もうベタ惚れ。じゃあ、結婚のお許しはもらえそうかな?」 「きっと大丈夫。あんな素敵な人、私にはもったいないってお母さんも梨々花も言ってたもの」 目の前の拓己くんは白地の浴衣を粋に着こなしている。 こんなカッコいい人に”ベタ惚れ”なんて言われて、照れてしまった。 照れ隠しにお腹をポンと叩いてみせた。 「今年は絶対に浴衣も着ないし水着にもならないって思ってたのにな」 「せっかく日本に帰ってきたんだから、日本の夏を満喫しないともったいないよ。……蝉の大合唱に、蚊取り線香の匂い」 「風鈴の音色に、焼きトウモロコシの香り」 「かき氷に、水茄子の漬物」 「水茄子の漬物? 渋いね」 「旨いだろ? きゅうりに味噌を付けてボリボリかじって」 「ふふ。おいしそう。うちわでパタパタ扇ぎながら、暑いー!って言ってスイカを食べるの」 「そういうこと全部、これからは沙織と2人で味わえるんだ」 「うん。夏だけじゃなく春も秋も冬も。ずっと一生」 「愛してる」 「私も愛してる」 口づけを交わして、肩を抱き寄せた拓己くんにもたれるように夜空を見上げた。 バラバラという音とともに煌いた星が降ってくるような花火。しだれ柳のように金色の尾を引く。 こういう花火も日本ならでは。 帰ってきたんだな、日本に。この愛する人の元に。 ドイツを去る時は、夏なんかなくなればいいのにと思っていた。 でも、この夏をこの先私は何度も思い出すことになるだろう。 そして、そのたびに、きっと幸せな気持ちになる。 拓己くんの隣で。 END
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