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今日もイマイチの客足だった。オフィスの昼休み時間帯にはそれなりの数の客が訪れてくれたが、午後は夏季セール後のデパートのごとく閑古鳥が鳴いていた。その上、かき入れ時であるべきアフターファイブに客足が伸びないのは、大いなる懸念材料だ。
閑散とした白鴎堂お茶の水本店の広いフロアを眺め渡し、新米書店員の有森葉月は何度目かの溜息を洩らした。
「芥川賞と直木賞の発表があったばかりだというのに、これって問題じゃないですかね」
葉月のぼやきを耳にして、隣のレジに立っていたベテランパート書店員、笹川さんが振り向いた。
「文学賞で書店を盛り上げるっていう手、そろそろ限界じゃないかしら。文学賞疲れというか、社会現象ともなった『火花』の大ヒットで、芥川賞騒ぎは燃え尽きた、って感じよね」
葉月は眉をしかめて笹川さんに尋ねる。
「でも、『火花』のおかげで若い人が新たに文学するようになった、ってメディアは騒いでいたんじゃなかったでしたっけ。今まで本を読まなかった人が本を読むようになった、って聞きましたけれど」
「そういう報道って、そうだったらいいな、という観測記事の度合いが強いと思う。購買者のデータがきちんとあるわけじゃないでしょう?
データが多少ある電子書籍に関しては、あの小説を買った人達って実は中年・熟年だったって話よ。文学賞を取った小説だから飲み屋や井戸端会議での話のネタに一応読んでおこうか、って思ってくれるありがたい人達」
「だったら、どうしてそういう人達、今回は受賞作を買いに来てくれないのかしら」
葉月の嘆きに笹川さんが肩をすくめた。
「お笑いが文学賞を取る、って派手な火花はもう散っちゃった、ってことでしょ? それより盛り上がる話題でもない限り、単なる文学賞にはいささか食傷気味、ってことかもね」
「でも、芥川賞や直木賞って最高峰の文学賞ですよ。それで客を動員できないとなると、書店はいったいどうしたらいいんでしょうねえ」
葉月は店内を眺めまわしてもう一度溜息をつく。
レジに近いベストセラー特設棚の前にさえ人影は少なく、佇んでいるのは年配の男性客と若い男性。二十歳そこそこに見える若い男の方は、面陳されている本の前で棚に眼もくれずスマホをいじっていたが、顔を上げずにそのまま立ち去った。
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