ポケモンGO番外編

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 ネット書店で本のレビューをチェックして買うのをやめたのか、それともラインでもやっていて、たまたまベストセラーの前で立ち止まっていただけかもしれない。 「だいたい、芥川賞の発表時に単行本が刷り上がっていなかった、って致命的よね」  笹川さんの指摘に、葉月は彼女に向き直って同意した。 「そうですよね。梶田さんによると、受賞作が掲載されている雑誌を売り切るために、出版社はわざと単行本の出版を遅らせた、ということらしいです」  梶田はお茶の水店の若手ホープ書店員だ。彼の説明を思い起こして葉月が囁くと、笹川さんは軽く鼻を鳴らした。 「それは出版社側の都合でしょうけれど、お金を出して小説を楽しもうとする読者は、やっぱり雑誌じゃなくて本の形になっている小説を買いたいんじゃない?  本が出来上がっていないから買うのをやめた客だっているかもよ。メディアが文学賞を騒いでくれるのってせいぜい1、2週間だから、単行本が刷り上がった頃にはもう関心がなくなっていた、ってことはありえる」  なるほどと思いながら、葉月はもう一度ベストセラーの棚に視線を向ける。芥川賞受賞作の新刊はベストセラーにランクされており、面陳だけでなく山積みにもしてあるのだが、その山の減り方が鈍く、売り切れるかどうか心配だ。  出版社勤務の恋人、修平によると、芥川賞や直木賞を取ると受賞前の5-10倍は本が売れるとのこと。  あいにく今回の芥川賞受賞作は出版が遅れたし、直木賞受賞作は小粒で受賞前の印刷数は6千部ほどだったそうなので、書店を潤してくれるブームにはなりそうもない。 『火花』のような吉本興業の果敢な販促支援は期待できないにしても、著者がテレビにでも出て有名になって欲しいものだ、と葉月は祈るように胸の前で手を合わせた。 ~~~~~~~  夜の神楽坂にはネオンが輝き、看板が立ち並び昼間は猥雑にさえ感じられる通りが、異国の街に足を踏み入れたごとく幻想的に見える。小路や坂が多い街並みは、確かに、東京のモンマルトル、と言えないこともない。  葉月は胸を躍らせながら坂を上り、横丁にあるフレンチビストロへ向かった。  フランス語の店名は舌を噛むような長さでいまだに正確に覚えられないが、リヨン出身のシェフが作る本格フレンチ料理は美味しく、神楽坂にある総実書房に勤務する修平と時おりここでワインを飲むことにしている。
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