『僕は君の名を呼ぶ』

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第一章 一瞬でしか君を知らない  急いで届けて欲しいと、渡された茶封筒はかなり厚かった。バイク便や速達でも間に合わないというので、生葬社での一番の下っ端である俺が、直接、届けに行くことになった。 「行ってきます!」  駐車場がないというので、車で行く事ができない。電車に乗り込んで座席に腰をかけると、ミネラルウォーターを飲む。昼間のせいか、車両はどこも空いていた。  俺、遊部 弥吉(あそぶ やきち)は、生葬社に中途採用されたばかりの新人であった。大学を卒業後、就職した会社は一年で倒産になり、路頭に迷っていたところを生葬社に拾われた。  前の会社では営業であったが、生葬社に入社してからは、調査員のような事をしている。  生葬社は公務員であり、異物(インプラント)と呼ばれる、金属片を回収していた。この回収というのが、問題が発生した場合の異物(インプラント)に限定されていて、ただ回収するのではなく、原因を突き止め、引き起こしている現象を無くすまでが仕事になる。  異物(インプラント)は霊現象から、超常現象などを引き起こしていて、オカルト対応員になった気分であった。 今回の依頼は、人を探して欲しいであった。でも、唯の人ではない。  電車を降りると、駅から先は急な登り坂であった。坂道の途中に、依頼者の自宅がある。駐車場がないといっても、自家用車分は確保されていた。急坂なので、路上駐車が危険だと言いたかったのかもしれない。  古い民家で、玄関前に黄色い花が咲いていた。古い塀には、苔も生えていた。  チャイムを押すと、中から男性が顔を出した。 「生葬社です」 「先生、生葬社さんですよ」  この家は、多少は名の知れた小説家の自宅であった。今、応対したのは、編集者のようだ。 「ああ、いらっしゃい」  編集者は、俺の持っている原稿が目的のようで、じっと茶封筒を見続けている。 「ああ、鈴木君、それが原稿。もう、持って行っていいよ」  鈴木と呼ばれた男は、俺から原稿を奪い取ると、走るように去って行った。  依頼者の、喜島(きじま)は中学の教師を経て、小説家になった。妻と子がいるが、執筆中は別居している。別居というのか、この古い民家に、喜島は籠る。 「生葬社の、君の名前は?」 「遊部です」  喜島は、ゆっくりと奥に行くと、立ち止まっていた俺に手招きした。 「おいで」
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