『僕は君の名を呼ぶ』

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 写真には、工場で働く人々の姿もあった。ほぼ人力で物は作られ、トラックで運ばれていた。工場付近には、小さな食堂が幾つもあった。かなり大きな工場であったのだろう。 「貨物の線路があってね。この工場の中を通っていた」  貨物だが、工場の中に駅があったという。  荷物はトラックだけではなく、列車で運ばれていたのか。この駅の賑わいの理由が分かる気もする。 「工場は移設となって、ここは住宅地になった」  広大な土地が売りに出され、一気に住宅が立ち並んだ。  写真は工場の最後と、取り壊し、そして更地があっという間に住宅街になったところまで、克明に記録されていた。 「それにね、前の住人に連絡を取ってみたけれども、幽霊なんて出なかった」  喜島が越してきてから、幽霊は出るようになったらしい。  では、喜島の持ち物に何かあったのだろうか。 「遊部君、おはぎ、おいしいよ。食べてみなさい。駅前の和菓子屋なんだ」  俺は、読んだ小説が、喜島の体験である事に気がついた。俺は、読んだ小説のままに、冷蔵庫におはぎがあると信じていた。  おはぎに手を伸ばすと、俺の手の横に白い小さい手も見えた。 「もしかして、駅前のおはぎを買うようになってから、幽霊は出るようになりませんでしたか?」  小さい手が、おはぎを取ろうと必死に伸びていた。俺は、おはぎを食べようとしたが、小さい手に渡してしまった。 「そこに着目して考えた事はなかったな。でも、同じ時期かな。おはぎを買ったけど、消えていてね。いつ食べたかなと考えたのが最初だしね」  俺は、写真を漁ると、駅前を探した。和菓子屋は、いつからあるのだろうか。すると、工場があった時代には、小さく屋台のように和菓子屋が出ていた。  それが、店になり、今のビルになった。 「おはぎを買って待っているのですか……でも幽霊は来なくなった」  成仏したのだと諦めれば良かったのに、喜島は心配でならないのだそうだ。 「……しっかりしているけど、どこか抜けている子でね。よく、壁に激突していた。幽霊なのですり抜けられる筈なのに、壁を見ると激突した思い出が蘇るみたいでね」  それは、異物(インプラント)にみられる、死の記憶を繰り返す現象であろう。動いていても、ふとしたきっかけに死を思い出し、死因を繰り返すというものだ。
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