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部屋を通り過ぎようとした時、社長と目が合いペコッとお辞儀をして歩こうとすると、急に顔を覆って泣き出したように見えた。
「瑠里……キツネが慰めて欲しいと言わんばかりに泣き真似してる」
「見つかったの?!なら入るしかないよ」
何故かミスした気分になりドアをノックしたが、姿は見えている筈なのにすぐに返答がない。
仕方がないので去ろうとすると、か細い声で『どーぞ』と聞こえ中に入る事にした。
「トレーニングに来たので挨拶をと、お邪魔してすみません」
「いや……大丈夫、感心な事ですね」
元気がないのは分かっているが、こんな時にどう接すればいいのか正直困る。
私達も洋が居なくなって寂しいし、無理にテンションを上げるのも難しいが、相手も変わった年寄りキツネなので、何が正解なのか分かりづらい。
「洋の見送りはしましたか?」
「いえ、そっと去りたいようだったので……」
「そうですか、私もコンビニの本コーナーから様子を伺うに留めておきました」
『来たんかい!』といつもなら声に出してツッコむが、心配な気持ちが分かるので言わないでおいた。
「息子を送り出す母みたいな心境でした、洋は目標に向かって頑張ると思いますが、こういう時は優しい言葉で慰めて欲しいな」
「これから練習あるんで、思い出に浸るのは親族又は家族として下さい」
「冷たいのぅ……ワシは妻も亡くしてるし、親族も男ばっかりで配慮にかける、昨日田村と祝い酒呑んだくらいしか……」
熊と遭遇した時のように、目は合わせているがゆっくりと後退りし、自然を装ってドアの方へ向かい出した。
私達もコミュニケーションスキルは低いのでこういう空気は苦手だし、社長は仕方ないというように小さく溜め息をついて無言で後をついてきた。
「じゃあ私達はこれで……」
部屋を出てからも後ろから『ゴホッ』と嘘臭い咳を出しながら、キツネに尾行されていた。
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