チャプター1

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遠ざかる背中はやがて先にあるトイレの中へと姿を消した。 周囲を見回した。制服を着た店員はメダルゲームの機械を横切り角を曲がった。 ―今しかないっ…!― 誰も見ていない事を確認すると幸成は素早く動いた。 立ち上がって鞄に近寄り、拾い上げるのに5秒もかからなかった。鞄の柄を堅く握り、何度か振り返りながらも出口を目指す。 はや歩きしながら固唾を飲んだ。臆病な幸成は緊張感から胃の痛みを感じた。それでも冷静を装い、早まる心臓の鼓動に急かされながらもようやく店内を出た。 鞄の持ち主はもう戻っているだろうか。無くなった鞄に気付いて焦っているだろうか。幸成は駐輪場に向かう途中でも振り向いた。誰も追ってきていない。確認すると小走りで自転車の前まで急いだ。心臓の鼓動は胸を叩いて痛い程に高鳴っている。 カギを回して自転車に跨がると一目散にその場から離れた。 ―しゃあっ!成功っ!ミッション成功っ!― そう思いながら顔には笑みが溢れていた。 達成感が幸成を高ぶらせたが、まだ胸は痛かった。その胸の痛みは罪悪感から達成感へと変わりつつある。 鞄の中身が気になって仕方がない。 数分自転車を走らせるとコンビニが見えた。幸成は鞄を持ってコンビニのトイレに駆け込んだ。 鍵を閉めると立ったまま即座に鞄を開けた。 小さい字で文章が印刷された資料が数枚束ねてあるクリアファイルと厚い長財布が見えた。幸成は慌てて財布を取り出すと鞄を小脇に挟み、目をギラつかせながら中身を物色した。 重なり合う紙幣が目に飛び込んだ。鞄を盗む時以上に胸が痛み、心が踊った。 紙幣を数える。万札と千札が入り雑じっていて数えにくいが必死に数えた。 ―10万6000円っ…!!― 幸成は大きく息を吸い込むとガッツポーズをとった。 盗むだけで金を稼げた。こんなにも容易く、これ程の金額を。 それからだった。幸成の盗みへの意識が変わってしまったのは。こんなに簡単に大金が手に入るなら、多少リスキーだったとしてもやる価値はあるのではないかと。 歪んだ人格が歪んだ思考を後押しした。 幸成は置き引きの成功に感化され、また窃盗によって金を稼ぎたいと渇望した。 窃盗行為をミッションと呼び、自分がプロの泥棒であると自惚れた。 何の取り柄も持たず、これまでの人生において努力も無ければ結果も無かった幸成にとって、盗みの成功は人生で初めてとも言える大きな快挙だった。故に、金を盗み得た達成感は幸成を犯罪の虜にしてしまう。
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