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「おい! この馬鹿姉ぇ、離せ!」
「うにゅぅ~~……たっくんの匂い……幸せ~~……」
俺の髪に鼻を押しつけてくる。
「おい……マジでやばいんだって。このままだと漏れちまうから」
唯愛を振り払おうと暴れる。
しかし、がっちりと捕まってきていて、振り払えない。
「お姉さん……お姉様? お願いだから離して!」
「たっくん……たっくん~」
「う、うわぁぁぁぁ――――!!」
俺はその日、思った。家族サービスなんてしない。もう、絶対に。
*****
「あ……危うく漏れるところだった……」
なんとか危機を脱し、トイレに行った後、部屋で溜息混じりに呟く。
この年でお漏らしとか、シャレにならんだろ。
しかし、唯愛は正気に戻った後、悪びれた様子も無く、それどころか、頬を赤らめては言った。
「漏らしても私がちゃんと、お掃除してあげるよ? お望みとあらば、この舌で舐めて……ね?」
「きもいから。寒気がする」
つーか、部屋から出てけ。俺を不幸にする疫病神め。
そのときちょうど、俺は時間を確認した。そして疑問を口にする。
「そういえば、母さん達は? ずいぶんと遅いけど」
俺はただ、何げなく聞いただけだった。
けれど、その返答は俺にはあまりにも突飛なものだった。
「帰って来ないよ?」
「え?」
「あれ? 聞いてなかった? お父さん達二人揃って、アメリカのほうの会社に出張で行っちゃったんだよ? 一年はそっちで過ごすって」
「……じゃあつまり、この家では俺と唯愛の二人だけ?」
「う、うん。そうだよ……ポッ」
「……絶望だ」
二人は職場婚だ。会社が同じで、帰ってくるときも二人で帰ってくる。
もう三十過ぎて、二人の子供がいてもなお、ラブラブとしている。
出会いを聞くと、それは入社式の日、
『!?』
二人は席が隣同士になったらしい。そして――
『これは運命の出会い!』
とお互いに思って、そのままその日のうちに、籍をいれたそうだ。笑っちゃうよな。
さらに言ってしまえば、二人はその日に、第一子である俺の姉、唯愛を授かったそうだ。盛り過ぎだよな。
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