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「確かに、僕は落ち込んでいるみたいですね。実は今日、自分探しの旅をしてきました。僕と他人の見分け方が知りたくなって、僕を探しに行ったのですが、僕と他人の違いは見つかりませんでした」
僕は、その人に今日の出来事を話しました。電車に乗ったこと、海を見たこと、知らない場所に行ったこと、とんぼ返りをしたこと。
その人は一度頷いて、僕のことを笑い飛ばしました。
「僕だったら、そんなこと気になりませんよ。僕と他人は全く同じなのですよ? この世界には僕しかいないのですから、見分ける必要もありません」
何気ないその一言で、僕は気づいてしまったのです。気づくことができたのです。
十、考え方が違う。
『僕だったら、そんなこと気になりませんよ』
この人は気にならないけど、僕は気になるのです。僕とこの人の明確な違いが、こんなところにありました。もちろん、こんなものは見分け方にはなりませんが、僕が気付いたのはもっと別のことでした。
『この世界には僕しかいない』
果たして、本当にそうでしょうか。この人の言う通り、僕と他人の能力、容姿は全く同じですが、もしもこの世界に僕しかいなかったら、僕という存在はあるのでしょうか。
本当にこの世界に僕しかいなかったら、「僕」という言葉はありません。僕しかいないのであれば、僕を僕と呼ぶ必要なんてないのです。だって、区別する対象がないのですから。
つまり、僕以外の誰かがいて、初めて僕が生まれるのです。一人旅で自分を探しても、見つかるはずがなかったのです。
他人がいなければ、僕なんていう人間は存在しないのですから。
「お父さん、ありがとう。今度、家族旅行に行きましょう」
僕はその人にお礼を言い、頭を下げました。するとその人は、にっこりと笑って返事をしてくれました。
「僕はお母さんですよ」
結局のところ、僕と他人の見分け方はわかりませんでした。ただ、僕をよく知るためには、まずは他人を知らないと、その差異などわかるはずもないということだけはわかりました。
そう思うのは僕だけでしょうか。それなら、これが僕と他人の違いです。見分けなんかつかなくても、僕と他人は違うのです。
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